双子迷走譚〜星多的天〜▼ |
前編 |
夕日も沈み砂漠の国モロクに夜が訪れる。 町の住民は静に夜を過ごす。 願わくば、“明日も平和でありますように”と。 それでもごった返すのが酒場と呼ばれる場所だったりする。 冒険者の集まると、言う代名詞がつけばこれからが本番だ。 その日、成功した者失敗した者が一同となって騒ぐ。 その日、無事生きて帰ってこれたことをそれぞれに讃え合いそして志半ばで倒れていったもの達に敬意を示すように。 そして明日への活力を呼び起こすために。 そんな活気あふれる酒場にまた彼らも居た。 剣士のアノール、商人クロウ、プリーストナイ、アサシン浅海焔の4人で組まれたパーティーである彼らもまた、そこにいるすべての同業者と同じように無事を称え、倒れていった同業者を悼みつつ酒を交わす。 このメンツで今回も無事に帰ってこれたとこを普段は祈りもろくに捧げもしない神へ感謝した。 ここ数日この国の象徴たる古代建造物のうちの一つスフィンクス内を探索していたのだ。 スフィンクスの中は迷宮の如く入り組んでおりその上、魔物までも最近活発化し始めており危険極まりない。 モロク王宮もスフィンクス及びピラミットないから魔物が出てこないように討伐隊を組織し警護にあたっている。 それでも近年の大異変以来数が以上に増え一掃もしくは削減には至らない。 故にスフィンクスやピラミットに財宝目当てで入る冒険者にも魔物退治をさせようと魔物に賞金をかけた。 今度はそれを目当てにはいる冒険者が出たが、まぁ討伐隊を組織し運営するよりも格安に済むので王宮側もそれを黙認している。 彼らはその前者のほうで今回の探索も財宝目当てだったようだがその財宝は今回も見つけられなかった。 ま、実際にあるのかどうかも怪しいものであるが。 だがアノールは山のように盛られた料理に上機嫌だった。 財宝発掘と言う目的も達せられなかったのだがそれでも魔物討伐の報奨金やら魔物から取り出される収集品で収穫がまったくのゼロではなかったからだ。 その上今は出来立ての温かい料理を目の前にしている、これだけでも機嫌がよくなった。 ここ数日はダンジョン内に潜りっぱなしで保存食しか食べていないから温かい食事は実に久しぶりだったからそれも仕方ない。 味の方は不味くはないがとびきり旨いと言うわけでもないがこの仕事食えるときに食っておくのが基本。 「しっかし、なんだ今回は鉄鉱石が結構出たな」 腹も膨れ、一同の手が落ち着いた頃アノールが今回の仕事の話しだす。 「そーだね、これをオイラが街でちょっと捌いて来ればいいお金になるね」 肉料理をほおばっていたクロウが答える。 口の周りが肉汁やらソースでベタベタなのを気にしてない様子だ。 身丈も標準からかなり下の方で顔も童顔、それが合わさり子供が食事をしている姿のようにみえる。 さらにそのとなりに座っていた長身痩躯の肌黒い男が見かねた様子で口の周りを布巾で拭いているので尚のことそう見えてしまう。 だがその子供っぽい見た目を利用して商いをしているので以外とたちが悪い。 「中に巣くっていた魔物の賞金の額は大した事ありませんでしたが。収集品で結構な収穫に成りましたね」 クロウの口の周りを拭いていた長身痩躯の男、ナイもプリーストと言う職業柄に似合わない俗っぽい台詞を吐く。 胸に下げて在るロザリオは逆さではないのでまっとうなプリースト、だろう。 「そー言えば浅海のニィちゃんはどこいったの?」 「ん、あっちでカードやってるぞ」 そう言ってアノールは一人先ほどから席を外しカード台に向かったアサシンを指さす。 それを見てクロウは「あ、それで」という顔をする。 「またギャンブルですか?あの日陰者は地道に稼ぐという言葉を知らないのですかね」 一発当ててなんぼの冒険者家業をやってる身で地道もくそもあったもんではない。 冒険者自体自分の人生を懸けたギャンブルである。 成功か死かのどっちかだ。 その死ぬのも名誉な戦死ならまだしも道ばたで野垂れ死ぬという可能性だって在る、まっとうな神経を持った人間から見れば成りたくない就職先ナンバー1間違いなしだ。 ちなみに浅海と呼ばれた男はアサシンを生業としている。 さらに輪をかけ後ろ暗い職業だ。 「ま、奴の金だ好きにしたらいい」 「ん、さっきオイラが100ゼニーほど貸したよ」 ほれ、借用書と、ぴらぴらと一枚の羊皮紙を懐からだす。 「人の金かよ」 ちなみに一般的な冒険者は一日20ゼニーの生活費が在れば事足りたりする。 「盗人の分際で人様から金を借りようなど言語道断ですね」 さらには『これぐらいやってこれないものですかね』、と右の人差し指で鍵型を作る。 それが何を表す符号なのかは深く考えてはいけない。 つか、こいつは本当に聖職者なのだろうか、怪しくなってきた。 二人はそんな発言は気にしてないのは聞き慣れてるせいなのだろう。 慣れとは恐ろしいものである。 「とにかく、数日は街にとどまっていい仕事が見つからなければまたダンジョンに潜るしかないか」 「そうですね」 「オイラもそれでいいよ」 ちなみにここにいない人間の意見は無視である、当然だ。 文句が出たらほかにプランを考えさせる。 考えが出なければ今行ったようにまた穴蔵にゴーバックだ。 儲け口も早々見つかるものじゃないからかなりの確率で穴蔵に戻ることになるだろう。 各々のギルドからの召集なり依頼がなければ、だが。 それすらもそうそうない、ギルド=職業斡旋所ではないのだから。 一応この冒険者の酒場にも個人から入る依頼を張り付けておく掲示板など在るがどれもアノール等にとって役不足、もしくは難易度が高すぎるものが多かった。 ちょうど技量にあう仕事となると競争率が高くすぐなくなる、中堅層はいつもきついものである。 アノールが明日は朝からカプラ事務所に行って仕事でも見てくるか、と考えをまとめ終えたそのとき。 「アー君?」 と、後ろから若い女に声をかけられる。 振り向くとそこには三つ編みにしたスミレ色した髪の魔術師がいた。 「エ、エル?」 「あ〜、やっぱりアー君だよひさしぶりだね〜」 そう言って驚いて呆然としているアノールの手を取ってブンブンと上下に振る。 ちょっとばかり過激なボディランゲージだ。 「お知り合いの方ですか?」 横からナイが助け船を出す。 「ああ、故郷(くに)で近所に住んでたんだ。幼なじみって奴だ」 「なるほど、どおりで」 そう言って納得したようにうなずく。 その横でクロウも同じように納得した顔でうなずいていた。 「えっと、アー君?」 「あ、こいつらは一緒に冒険をしているパーティーのメンバーで…」 「ナイと申します」 「オイラはクロウ」 丁寧に頭を下げるナイと元気よく挙手するクロウ、対照的に見えるが仲はいい。 よくないがサクラをやって商売を盛り上げている姿を見受けられる。 …かなり微妙な関係か? 「で、こっちはエルアノール。俺や姉さんは『エル』ってよんでる」 「エルアノールです、よろしくお願いします」 そう言ってぺこりと頭を下げる。 「ってところで、エル。なんだってこんなところに?それにその姿は」 対するアノールは突然の再会に驚きを隠せないようである。 「うん、アー君とイシルちゃんが冒険者になるために家出したでしょ?」 今となっては懐かしい昔話、だがその話が出た途端アノールの頭に不吉なものがよぎる。 「私も家出しちゃった♪」 「やっぱりか!」 何で自分はこうも嫌な予感ばかり当たるんだろうと肩を落とす。 だが、これから先が問題である。 このエルことエルアノール嬢、実の所アノールの故郷アルベルタに代々暮らしている富豪の娘なのだ。 それが家出して冒険者など問題が出ないわけはない。 この前帰ったときにはそんな話はなかった、といってもこの前帰ったのはもう数ヶ月も前だが。 「えっと、いつぐらいに?」 「ん〜一ヶ月ぐらい前かな」 人差し指をした唇に当てそう言った後、胸の前で小さく手を打ち。 「で、先週ようやく魔術師の転職試験に受かったの♪」 などと宣ってくれた。笑顔120%はおまけである。 「それでね、こっちで経験を積んだ方がいいってゲフェンで知り合った魔術師のおねーさんが教えてくれたの」 「というよりか、一回アルベルタに帰るという選択肢はなかったのですか?」 ナイがなんの遠慮もなくそう訪ねる。 「うん、帰ったら多分お父様に捕まって一生表に出させてもらえないから♪」 君子危うきに近づかず、この行動のそれは確信犯そのものだ。 以上の話と話している内にちゃっかりと席を確保して座っている辺りなかなかの神経の持ち主のいえよう。 まぁ、それぐらいの太い神経が無ければアノールとその双子の姉イシルミスタとは付き合えなかっただろう、特に姉の方とだが。 「ねーねーイシルちゃんはどうしたの?愛想つかして逃げちゃったの、アー君の方が」 逃げたとは普通ここに居ない人間に対して当てられる台詞である。 「いや、そうじゃない。まぁ、いろいろあってな」 そう言って果実を絞ったジュースをあおる。 「ふ〜ん、そうなんだ」 寡黙と言うほどではないがアノールはあまり物事をよく喋るような性格ではない。 故に「いろいろ」と言ったので何を聴こうとこれ以上深くは話さないだろう。 古くからの付き合いであるエルアノールは其れを察し話を変える。 「まぁ、イシルちゃんのことはどうでも良いや」 ホントにどうでも良いような感じでそう言ってニヤリと微笑みテーブルについている面子を見渡し。 「ここであったのも何かの縁だし、アー君の居るパーティーに入れてくれないかな?」 小さく前で手を合わせてお願いのポーズをとる。 上目遣いなのも忘れて居ない。 かなり男に対してのポイントを抑えていた。 「う〜ん」 「どーする、兄ちゃん」 「後方支援は欲しいところですが、あまり腕が立ちそうに見えませんね」 だが、ここに居る一行にそれはあまり効果が見受けられなかった。 しかも最後は余計なお世話である。 アノールも一応は腕を組み考えているが、あまりいい返事は出せそうもない。 クロウはもう自分は関係ないと言わんがばかりにテーブルの上にある食料の山の制覇を再開し始める。 ナイは値踏みするような視線でエルアノールを見る。 「ね〜駄目かな」 縋るような視線でアノールを見る。 「アー君と一緒に旅がしたんだけどな〜」 なおも食い下がる、が。 魔術師になってから1週間そこそこ。 実力のほどは見える。 いくら頑張ったところで、スフィンクスの迷宮で小銭稼ぎと言っているアノール達とは実力が違いすぎだ。 後方支援が欲しいからといってほいほい連れて行くわけにもいかない。 初心者同然の者を連れて行ったらかえって自分達も危険になりうる。 ここは頑として断らねばならないだろう。 そう思いアノールが口を開こうとした、その時。 「エェ〜ルゥ〜、なんだったらアタシが一緒に旅をしてあげようかぁ〜?」 よく聴きなれた声がエルアノールの後ろからする。 「イ、イシルちゃん?」 「姉さん?」 二人が驚いたように声を上げる。 後の二人は即座に無関係を装うが如く自分の目の前に置かれた料理の征服に取り掛かる。 「なんだって、ここに?」 「ん、それは後で話すわ」 アノールの質問に答えずエルアノールの横に来て。 「それよりエル、魔術師になったんだって?おめでとう、お祝いをあげないとね、ちょっと手を出して」 「え、そんな。いいよ気にしないでよ」 とりあえず一通りの遠慮はするが両方の手を前に出す。 富豪の娘にしてはがめつい。 「ううん、そうもいかないわ。幼馴染が人の真似して家出して無事に魔術師になれたんですもん」 そう言いながらイシルミスタは出された両手をロープで結ぶ。 なかなかの手つきだ。 その行動に一同が一瞬呆然となる。 「あ、そうそう。アノールアンタ地上に出てきたら一度はカプラ事務所に寄りなさいよ」 「え、何かあったの?」 「これ、剣士ギルドからの書状。一応コレ騎士ギルドを通して来たアタシのだけど同じのがアンタのとこにも多分同じのが来てるわ」 そう言って一枚の紙をアノールの前でピラピラとなびかせる。 それでこっちがアンタの、と言って懐から書簡を取り出しアノールに手渡す。 書簡を披くとそこには 『剣士組合より剣士アノールへ。 アルベルタ領在住ジョンスン氏より依頼。 娘、エルアノールを探し出し連れ帰ってきて欲しい。 との事。 これと同様の依頼を騎士イシルミスタにもしているので協力して解決して欲しい』 と、あとは報酬などの細かい事が書いてあった。 「っつーわけで、あたしとアンタでこれをアルベルタへつれて帰らないといけないわけなのよ」 つないだ縄をグイ、と引っ張る。 「イシルちゃん、縄痛いんだけど」 エルアノールは笑顔でそう訴え。 「緩めないわよ、逃げようって魂胆だろうし」 こちらも笑顔で返すイシルミスタ。 二人とも目は笑っていない。 場の空気だけが重くなって行く。 証拠にこの二人とアノール一行以外はこの周りから遠ざかっていた。 そしてこの一触即発の状況を楽しんでいるようにも迷惑しているようにも見える。 クロウとナイも逃げ出したい衝動に駆られているが今動こうものならとばっちりがきそうで動けない。 『何故はじめに逃げておかなかったのだろう』そう言う後悔が彼らの胸の内に渦巻く。 周りの目より目の前の女騎士の方が断然に質が悪く別の意味で恐ろしいのだ。 その双子の弟であるアノールは慣れたものでこの場の空気を気にしないでテーブルに乗った料理に手を伸ばしていた。 「まぁ、逃げたとこで運痴のアンタなんてすぐ捕まえられるけど」 そう言ってニヤリと笑う。 実に悪人らしい顔だ。 「あら、イシルちゃん私これでも魔術師なんだけど」 こちらもニヤリと笑う。 イシルミスタに比べるとまだ迫力は劣った。 口論から乱闘騒ぎに発展するのも時間の問題だろう。 「へぇ〜エルー、あんたこの状た…ぃ」 イシルミスタの台詞を遮るように「ガスッ」と言う音がし。 目の前のエルアノールが白目をむいて崩れていった。 アノールがエルアノールの首に手刀を叩き込んだのだ。 いい加減周りの視線に耐えられなくなったのだろう。 こう言った場合喧嘩両成敗で両方殴るところだが姉を殴らなかったのは後の報復が怖かったのに他ならない。 素晴らしきインスプリンティングだ。 それにしても姉弟そろって口より手の方が達者なのはどういうことだろうか。 エルアノールが倒れたことで張りつめていた空気は霧散し、酒場は活気を取り戻す。 イシルミスタは白目をむいているエルアノールを椅子から下ろし床に転がし。 「まぁ、そう言うことで、これをアルベルタまで連行しないとね」 そう言ってニコリと一同を見渡す。 「あ、オイラ。ここでこれをさばかないといけないから」 「私もこちらでいろいろとしないといけないことがありますので遠慮させていただきます」 クロウとナイは全身に脂汗をかきながら拒否。 「……お前等」 半眼で二人を睨み付ける。 「ほら、兄ちゃん久々の姉弟水入らずで行って来なよ」 「そうです、まぁ同行者も幼なじみと言うことで昔話に花を咲かせるのもいいでしょう」 取って付けたような言い訳だ。 まぁ、実際取って付けたんだが。 「チッ…まぁ、仕方ないか」 「何が仕方ないかは追求しないけど、明日門が開いたらすぐ出るわよ」 「ずいぶんと早いな、どういうルートで行くんだ?」 「ここからイズルードまで出てそこから船にしようと思ってるんだけど」 モロクーアルベルタ間でもっとも一般的なルートを言う。 船を使わず歩いていくという手段もあるがそれだと一月か一月半の遅れが出る。 モロクーイズルードの間は商隊などが行き来する関係で街道が整備されているので歩きやすいが問題はそこから先、イズルードからフェイヨン、アルベルタの間だ。 深い樹林が広がり一種の迷宮を作り上げているのだ。 旅慣れた冒険者や商人等はそんな道でも歩いていくのだが今回は家出少女の護送という関係上そのルートは向かないと判断したのだろう。 逃げられても困るから。 まぁ、このルートをたどっても1週間から1週間半往復で2週間から3週間といったところだろう、しかもその半分は船の上で楽だ。 その上回りは海の上で逃げられる心配もない。 「それより後もう一人ほしいところね」 「それはこっちで用意いたします」 ナイがそう答える。 ここにいないアサシンが一人、生け贄に決定。 聖職者とはいえ自分の身がかわいい。 「それでは明日の準備もありましょうから、この辺で部屋に戻りますか」 そう言って隣に座っているクロウの首根っこを掴みグイ、と持ち上げる。 「それではアノールさん旅の安全をお祈りしております」 そう言ってそそくさと部屋に帰っていく。 その途中カードをやっている浅海の足を蹴飛ばし部屋に戻るよう首をしゃくる。 「…ナイってあんな感じだったっけ?」 「いや、思うとこがあるが…まぁ気にするな」 そう言ってテーブルの上に残っている料理に手を伸ばす。 「それにしても、二人でアルベルタに帰るのって初めてだよね」 「そう言えばそうだな。個人個人では帰ってるけど」 「二人一緒に帰るのが仕事って言うのもなんか変な感じだよね」 「そうだな」 話はそのまま他愛もないものへと変わっていき、やがてテーブルの上の料理もきれいに無くなっていく。 食事を終わらせ明日に備えて各々の部屋に戻るため席を立つ。 「それじゃアノール遅れるなじゃないわよ」 「…姉さんの方が昔から断然に遅刻が多かったでしょ」 「あはは、そうだったわ、ね」 “ね”の部分で放たれたレバーブローが、まるでそこに吸い込まれるように綺麗に入る。 「ぐはぁっ」 のたうちまわるぐらい痛い。 「なに、お腹痛いの?アー君、そんないっぱい食べるからお腹壊しちゃうんだよ」 「…ぐ、い、今のは姉さんが……いや、なんでもないですごめんなさい」 「うん、それじゃおやすみ〜」 「……おやすみ」 新たな物語の幕開けを待ちながらモロクの夜は更けていくのだった……。 【続く】
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後編へ続く |