ぼくは小さなヒトカゲだ。
ぼくはある目的で旅をしている。
ぼくの旅は当ての無いものであり、その目的達成のための情報さえ貧相で、
何か興味を引かれる、且つ危険のなさそうなものにはとりあえず近づくことにしていた。
つまり、光り輝く森など見つけたものだから、ぼくは今、木の影からセレビィとジラーチを見ているのだ。
二匹は随分高いところに浮かんでいて、特にジラーチの声は聞こえにくいが、何か会話をしているようだった。
「…あ、その辺り…るよ、…ウ。」
「うん、まあ、ゆっくりしていきなよ、アエラ。」
セレビィがそう言ってジラーチから離れ、近くの太く大きい木の幹にズブズブと沈み込んでいった。
するとジラーチはゆっくりと地面に降りてきて、
真っ直ぐにぼくの方を見た!
「…とっとと出てきやがれ、この雑魚。」
物凄く不機嫌そうな声の響きだ。
隠れている方が咎めが厳しいと思って、ぼくはおどおどと前に進み出た。
ジラーチは既に輝いてはいなかったけれど、相変わらずの威厳を持ってぼくを睨んでいた。
それから数分が過ぎて、未だに何も言われないので、ぼくの方から話し掛けてみた。
「あの、すみません…盗み聞きとかするつもりはなかったんです、その…アエラさん」
すると彼(性別は無いだろうが、便宜上)は細いツリ目を大きく見開いた。
それから小さく下打ちして、思い切り顔をしかめた。
その身振りは大げさなほどだったが、それにしては自然だったので、彼のリアクションはいつもこんなものなのだろう。
「聞いてやがったのか。全く面倒臭ェ。さっさと忘れやがれ。」
きっとその言葉には何かの力が込められていたのだろう、
ぼくは理由も分からないうちに全てを忘れかけた。
ところがあることに気が付いたので、逆に忘れられなくなってしまったのだ――
「もしかして『アエラ』って…真名?」
ジラーチの眉間の皺が深くなった。
「うぜ…ま、そういう名詞が付いてることもあるな。」
何てことだ。ぼくは地球外生命体の真名を知ってしまった。
とても危険なことだけれど、何とかすると役に立つかもしれない。
「あの、忘れてあげてもいいけど、」
「ったく、またかよ。俺様は優しい流れ星様じゃねぇっての。
あれが欲しい、こうしたい、どうして下さい、んな願いなんざ自分で叶えやがれ!」
ぼくはすっかり動転してしまった。
それで、ぶつぶつ文句を言いながらもジラーチが動かないことに気付くのに時間がかかった。
彼は嫌がっている、だがぼくがその条件を言うのを待っている。
「そんな突拍子も無いことじゃないんだ。ぼくの旅について来てもらいたいと思って」
「旅ィ?」
「うん。昔居なくなったお母さんを探してるんだ。
でも、やっぱりヒトカゲ一匹じゃ心細いから」
するとジラーチは少し考え込んで、それからニヤリと笑って言った。
「ああ、いいぜ。そのくらいなら暇つぶしになるからな。ただし、七日間だけだぜ?」
「七日間?」
「七日目にゃ迎えが来んだ。」
それでも構わなかった。
すんなり承諾してもらえて驚いたほどだ。
ぼくがお母さんを探して数ヶ月になるけど、手がかりどころかどこへ行くかも確かでなくて、
野生のポケモンに襲われることもしばしばあったからだ。
そうしてぼくはジラーチと旅に出ることになった、のだが。
…気まずい。
「あ、あの、アエラさん。『アエラ』って『時代』のことだよね?」
「俺様の神聖なる名前とお前らの廃れる寸前の言語を一緒くたにするな。
この名前にゃ全く違う別の意味がある。
それから俺様のことはヂラーチと呼べ。
さん付けはするな。したかったら様付けにしろ。」
「じゃあ、ヂラーチ、えっと…飛んでもいいよ?」
さっきからヂラーチは、ぼくの隣でてくてく歩いているのだ。
行き先はとりあえず、栄えている港町だったので道は慣らされているけど、
彼はぼくが一歩歩く間に二歩歩いていた。
「俺様は歩く方が好きなんだ。別にこのくらいの速度で疲れはしない。」
「でもヂラーチ、君はぼくより体も足もずっと小さゲフン!!」
…殴られた。
「てめェ、自分が大切だったら、俺様に向かって小さいとか可愛いとか言うんじゃねえ。」
「…はい」
禁句だったらしい。
「で?その港町ってのはどういうとこなんだ?」
「うん、ぼくは行くのは初めてなんだけど、キベスって言ってね、貿易で凄く栄えてるらしいよ。
それだけ大きな町なら、お母さんの手がかりも掴(めそうじゃない?」
「だといいがな。」
ヂラーチは憎まれ口を叩くけれど、きっと大丈夫だ。
いや、大丈夫であって欲しい。
けれどその願いはあえなく消え去ることになる。
「何…これ」
ぼくの目の前に広がっていたのは、ただ黒くくすぶる一面の焼け野原だった。
「なん…何で…」
何で?こんな話聞いてない!
「まだぶすぶす言ってやがるな。焼け落ちて数日ってとこか。
おい、最近この辺りに雨は降ったか?」
「降ってない…」
ぼくは上の空で返事をした。
雨が降ったりなんかしたら、こんな小さなヒトカゲがたった一匹でこの辺をうろついているもんか。
ああ、言葉が見つからない。
何で…だって、折角ここでお母さんの、
「お母さん…」
え?
どこで声がしたかときょろきょろすると、ヂラーチがあるところを見ていた。
彼は初めから気付いていたようで、ってあんた今まで無視してたんかいっ!
慌ててそっちの方に走っていくと、小さな茶色っぽいポケモンがいた。
彼は何かの上にうずくまって、ほろほろと泣いていた。
「お母さん…」
「あの、君」
「うわあっ!?」
彼はやっとぼくに気が付いて、驚いて飛び上がった。
その時見えた、彼が抱えていたもの、それは、骨だ!
一気に寒気が背筋を駆け上る。
震えが止まらなくなった。
まさか、まさか、
「き、君、まさか、そ、それ…」
「そうだよ、これは僕のお母さんだよ!」
そう言い切ると、彼は爆発したように声を上げて泣き始めた。
焦げた骨は、頭蓋はそれなりに綺麗に残っていたけど、他のは高熱のためにぼろぼろになっていた。
その頃やっとヂラーチがやって来た。
「何だ。逃げ遅れたのか。」
茶色の彼はぴたっと泣き止んだ。
「違う、お母さんは僕を助けるためにっ、」
「んでずっとここで泣いてんのか。阿呆か。」
彼の顔がくしゃくしゃになった。
ぼくは「ヂラーチ!」とたしなめたけれど、彼にかける言葉は見つからない。
「だから、こんな所で泣いてても無意味だって言ってんだ。
そいつ、墓にでも入れてやれよ。ほれ、近くにあったろ、共同墓地。」
「え?」
彼は顔を上げた。目が真っ赤だ。
「ああ、そういえば!
ねぇ君、君のお母さんにお墓を作ってあげようよ。
一緒に行こう?」
彼はしばらくヂラーチを見て、ぼくを見て、母親の骨を見て、それからそのされこうべを頭に被った。
残った小さな骨のかけらを集め、カラカラはまたぼくの方を見た。
もう泣いてはいなかった。
「うん、行こう」
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