空から大地へ、雨が降る。

大地から空へ、雨となる雲が上がる。





空と大地を雨が結び

雨の降らない庭
足元にいつも居る、愛犬が鋭く吼えた。 その飼い主は既に血だらけで、体の外側も内側も傷だらけだった。 彼はのろのろと顔を上げた。 その顔も真っ青で血の気が無かったが、瞳だけがそれを裏切ってぎらぎらと光っていた。 相手の男は静かに微笑んで、「やあ、こんにちは」と挨拶した。 その後は、犬がうなる声だけが響いていた。 その鳥が鳴くところを、飼い主さえ聞いたことが無かった。 鳥はいつも、飼い主の肩に止まっていた。 「犬だって?」 男は柔らかく笑ったが、飼い主にはそれが嘲笑に見えた。 「ああ、犬だ。犬が居たんだ」 「じゃあ、私がその犬を殺してきてやるよ」 男はずっと微笑を湛えていた。 男の口角が下がるのを、飼い主は見たことが無かった。 「鳥?」 男が怪訝そうな顔で覗き込んでくる。 バーテンは後片付けの手を止めずにうなずいた。 そろそろ朝だ。 「鳥って、鳥かい。ピーチクパーチク鳴くような?」 「いやいや、静かな鳥だったよ。何を考えているのか分からない目をしていたな・・・気味が悪いほどだ。  ちょうど、その・・・あんたの犬みたいにな」 男の傍らに伏せていた犬が、感情の読めない目をバーテンに向けた。 「犬の絵がある」 黒が言う。 「そこで待っている」 がら、がら、がらと音を立て、荷台が進む。 鳥の飼い主が路銀として支払うのは、主にこの荷物運びの賃金だ。 「ここでいい」 冷たい声で飼い主は言い、後払い分の金を運び屋達に差し出した。 彼らは、いつもは社会的にとても危ないものばかりを運んでいるので、 今回も荷台の中身については質問などしなかった。 金を受け取ったときに触れた、飼い主の手の底冷えする冷たさに顔をしかめ、逃げるように町に帰った。 「鳥の絵がある」 緑が言う。 「それを持っていこう」 微笑む男はほとんど死んでいた。 鳥に挑んで殺されかけたのだ。 彼はどうしても、鳥か犬かのどちらかを止めたかった。 鳥の飼い主は止めを差そうとしたのだが、鳥がそれを止めた。 「あんなのに犬が殺されるはずが無い。レディゥ、お前は体力を出来る限り温存しなければ。  誰が私を絵の場所まで連れて行くと思っているのだ?」 「退け。俺は犬を、絵まで連れて行かねばならぬ。お前に構っている暇は無い」 男が喋るたびに、血が口から吹き出した。 犬に反抗したときに出来た傷だ。 レディゥと同じで、ヴィダーも既に死んでいた。 だが鳥の飼い主とは違い、犬の飼い主は物理的に殺されたので、まだ魂の余力があった。 微笑の男になど負けるはずが無い。 けれど相手の男は決意を固めていた。 微笑みを止めることが出来たなら、彼は険しい顔つきをしていただろう。 鳥に精神攻撃を受けたとき、彼の顔の筋肉は歪んで固まり、動かなくなっていた。 先に動いたのはヴィダーの方だった。 犬は吼えてはいるが、座り込んで動かない。 微笑の男も動かなかった。 ヴィダーの手が、あっさり男の体を突き破った。 その瞬間、飼い主は自身の負けを認めた。 相手の男は自分の血に呪いをかけていたのだ。 術者の方にも呪いの返る、非道で強力なものだ。 だがこの場合、術者も被術者も男本人だった。 間接的とは言え二重の呪いを全身に受け、ヴィダーはその場に倒れた。 仕方なく、犬は自分で立ち上がって歩き出した。 鳥と落ち合うまでは、ほんの少しの体力の消耗も避けたかったのだが。 歩いていると女が死んでいるのを通り過ぎた。 砂漠には似合わない、霜が彼女の体に降りていた。 ここで飼い主が死んだなら、鳥との勝負はきっと互角だ。 犬の絵があった。 向かい合うように鳥の絵の描かれた壁が置いてあった。 だったらここが決戦の場だ。 犬と鳥の目が合った。 そろそろ朝だ。 その朝、空と大地は生まれて初めての兄弟喧嘩をした。 他系のガイダンス中にあまりにも暇だったので、白い紙と鉛筆を取り出したらショートショートが出来ました。 ギャラリ「雨の庭」のイラストにちなんでいます。 途中まで、オチを考えずに手のまま気のままに書いていたので男とか飼い主とか矛盾があっても気にしない。 バーテンも最後に何かからませたかったな。 解釈は読者の皆さんでお願いします。 レディゥのつづりはREDDIW、ヴィダーのつづりはWIDDERね。 12.6.2007