11 月 

2003/11/30 ◇ 術後12日目

昨日東京の親戚宅へ移動予定だったお義母さんだが、夜パパと二人では怖いというなあぽんのために、今日まで残ってくださった。パパはなあぽんより先に寝ちゃうので、取り残されたなあぽん、怖いらしい(^^;)

午後からパパ方の伯父さんたちがお見舞いに来てくださった。しばらくして、伯父さん達はパパと一緒にうちへ移動。なあぽんだけ病室へ残った。これからうちの母が来る予定なのだ。

この前新しく入院してきた人に、看護婦さんを通じて『静かにしてほしい』と言われた矢先だったので、退屈で騒ぎ出しそうななあぽんを連れ、1階まで降りてみた。今日は日曜日なので売店は休み。うろちょろとしてると、なにやら兄にそっくりの人が通り過ぎる。ここまで瓜二つの人がいるのか!と思うくらい似ていて、よくよく見ると本当に兄だった! わざわざ長野から車で出てきて、東京駅で母を拾って病院まで来てくれたのだ。

なあぽんは兄を見て、「お兄ちゃん」と言っていた。伯父さんなんだけどさぁ。

母が義母に挨拶したいというので、兄、母、なあぽんはうちへ帰って行った。
あとで聞くと、ちょうどマンションが契約しているお掃除部隊が来ていて、しかも伯父さんたち3人に、義母、母、兄、パパ、なあぽんと大人数で、大変だったらしい(^^;)

2003/11/27 ◇ 術後9日目

今日なんとシャワーがOKになった。傷口にでっかい絆創膏のようなものを看護婦さんが貼ってくれた。
入院の前日からずっとお風呂に入ってない。この病棟は洗髪もしてくれないので、それがとても辛かった。やっと頭を洗える〜!!!
午前中一番にシャワーを浴びる。ああ、生き返ったわ。

夕方、いつものようにお義母さんとなあぽんがやってきた。なあぽんは昨日から私の夕食を食べて帰るのが日課になっている(^-^;
今日も病院食をおいしい、おいしいと言って食べていた。まあ確かに思ったより悪くないけどね。
帰るときは、「ママがいい〜!」と必ずぐずる。そろそろ限界かな〜 でも退院までもうちょっとかかるわね。もう少し頑張って、なあぽん!

お義母さんとなあぽんが帰った後、会社から総務の人と同僚二人がお見舞いに来てくれた。総務の人が、入院時の手当金を請求する書類を持参してくれた。何かしらの手当てはおりるのね。よかった。

会社の人が帰った後、突然パパがやってきた。あれ、今日は帰りが遅くなるってなあぽんに言ってたんじゃないの? まあ、私に会いにきてくれて嬉しいけどね。でも、なあぽんはパパの帰りが遅いとぐずるので、なるだけ早めに帰ってあげてね。
なにやらおつまみ持参のパパ。私もちょっとだけ食べちゃった。病院食以外のものを食べるのは久しぶり〜

2003/11/26 ◇ 術後8日目

昨日までだと思っていた点滴が今日まで続くことになった。明日からは抗生物質の薬に切り替わる。
まだ夜になると微熱が出るので、しばらく様子を見るらしい。ただ単に今、高温期だから夜に微熱があると思うんだけどね〜

夕方、お義母さんがなあぽんとやってきた。なあぽんは今日も違う新しいズボンをはいている。
なあぽんは、『男の子がスカートをめくってパンツ丸見えになるから』という理由で、最近まったくスカートをはいていかなくなった。しかも汚れてもいないのに、必ず1日に1回保育園でお着替えをするため、着替えがたくさん必要になる。ところが、この半年に5センチも伸びたので、みなサイズが小さくなってしまった。新しいズボンを買いに行こうと思った矢先にこの入院。結局お義母さんにいろいろ買ってもらうことになっちゃったわ。本当にすみません〜

2003/11/25 ◇ 術後7日目

今日から念願の普通食! でも朝はパンだった。病院の食パンはかなりまずくてこれには参った。
傷から最後の管を抜いた。
点滴も今日までだって。やっと針の抜き刺しから開放されるわ。

夕方、お義母さんがなあぽんを連れて来てくれた。どうやらGパンを買ってもらったらしい。お義母さんにはなあぽんのものを買うためにきてらったようなものだわ(^-^;

術後7日目にして、初めて夜ぐっすり眠ることができた。

2003/11/24 ◇ 術後6日目

今日は全粥。明日からついに普通食。早く普通のご飯が食べたい〜
朝から血液検査を行った。

3連休だったので、今日もパパ、なあぽん、お義母さんが来てくれた。
なあぽんはどうやらかなり早めのクリスマスプレゼントとして、おばあちゃんにキティちゃんのローラー自転車(?→写真)を買ってもらったらしい。どうもありがとうございます〜

昨日もそうだったけど、パパは病院へ来るとすごく眠そうにしている。イスに座ってこっくりこっくり。疲れてるんだわ。
なあぽんも眠い〜と言って、ママのベッドにもぐりこむ。そこでパパとなあぽんに狭い病院のベッドを譲って少し休ませた。私はイスに座ってお義母さんと話をしていた。看護婦さんが来なかったからよかったものの、この光景は異常だわ(^^;)

2003/11/23 ◇ 術後5日目

今日から7分粥。だんだん普通食に近づいてきた。
傷からまた1本管を抜いた。これで痛みがさらに和らぐ。

午後から、ネット友達のみなみさんとまきまきさんが、他のお友達の代表でお見舞いに来てくれた。遠いところありがとうございました。
お二人から雑誌、本、お花などをいただき、プチちゃんからはお手紙までもらった。
退屈な入院生活、こうやってお見舞いに来ていただくと、気も紛れるし退屈からも開放されとても嬉しいものだ。

お二人が帰った後、しばらくしてからパパ、なあぽん、お義母さんが来てくれた。
なあぽんは看護婦さんに、「見て見て〜、セーラームーンのお洋服なの〜」と話しかけたり、お隣のベッドに骨折で入院しているおばさんに話しかけたりと、相変わらず。おばさんに煎餅やらみかんをもらっていた。

2003/11/22 ◇ 術後4日目

結局明け方3時半から2時間ほど眠っただろうか。
傷のためにまだ横向きになれず、いつもあお向けになって寝るので、朝ものすごく腰が痛くなる。
6時ごろ座薬を看護婦さんに頼んだ。今回は自分で入れるように言われた。

昼間は痛みが少なく、夜になると傷が痛んでくるのは、昼は気が紛れているからで、夜は寝ようとして痛みが気になるから、と自分なりに分析。看護婦さんにそのことを話すと、やはりその通りだそうだ。
痛みとは違うけど、周りの患者さんを観察していると、「夜寝れない」と訴える人が多い。でもそういう人に限って昼間たくさん昼寝している。夜寝るためには昼間寝ないようにしないとね。そういえばうちの父も同じことを言ってたな〜(^-^;

今日から5分粥。点滴は昨日で終わるはずだったのに、体温が38℃まで上がったため、来週まで延長となった。やれやれ。

昼すぎ、父、パパ、なあぽんがお見舞いに来てくれた。父はその足で羽田空港へ。パパは買い物があるから1時間後に戻ると言って、なあぽんを置いて出て行こうとすると、なあぽんは「パパといっしょに行く!」と出て行ってしまった。なんて冷たいヤツ(ToT)

その後2時間経ってもなあぽんとパパは帰ってこない。しばらくして、お義母さんが来てくれた。パパに電話すると、うちでなあぽんが昼寝しているので出られないだって。
しばらくお義母さんとお話した。お義母さんも私と同じ年くらいに、やはりお腹をばっさり切る手術をし、辛い思いをしたらしい。そのため私の気持をよくわかってくださった。
しばらくお世話になります。

その夜は痛み止めもなしで、初めて少し眠ることができた。

2003/11/21 ◇ 術後3日目

今日から3分粥になった。ちょっとは人間らしい食事? でも私、おかゆは嫌いなんだよね。
ブドウ糖の点滴がなくなり、朝晩2本ずつの抗生剤だけになる。『入れっぱなしタイプの針』だと、点滴の間があいたとき液が漏れて痛むので、点滴のたびに針を入れてもらう「抜き刺し」タイプに変えてもらった。これで毎回液漏れで痛い思いをせずにすむ?
診察のとき、傷口に3本入れてあるシリコンの管を1本だけ抜いた。抜くとき痛みはなかったけど、ずるっという抜く感覚はあってちょっと気持ち悪かった。でも抜くと傷口の痛みがかなりましになった。

昼過ぎに会社の部長が一人でお見舞いに来た。予想を反して、「仕事のことは何も考えず、ゆっくり休みなさい」とのこと。なんとなく少し気味が悪かった。

午後から父が見舞いに来る。母は腸のポリープ切除の手術を受け、私が入院した日に退院したばかりだったので、とりあえず父だけ私の顔を見に来るらしい。来てもらってもお荷物になるだけなんだけどさ〜(^^;)
15時前に父が病室へやってきた。羽田からここまで来るのに苦労したらしい。
東京は寒いと思って厚着してきたらしいが、その日は日中20℃まで上がる陽気。暑い暑いと言って服を脱ぐと身体を拭きだした(^-^;

しばらくすると、突然、会社のマネージャーと同僚二人が現れた。これは聞いてなかったのでびっくり。どうやら先に見舞いにきた部長が、私の意外に元気そうな姿を見て、早速引き継ぎ部隊をよこしたらしい。あのぉ、まだ術後3日目なんだけど。
大部屋では他の人の迷惑になるので、父を病室に残しエレベーター前のソファへ移動。そこで引継ぎをする。
結局2時間近くかかり、私はへとへとになった。おかげでせっかく平熱近くに戻った体温が、夜の検温のとき急上昇。38℃になっていたため看護婦さんがえらく驚いていた。あ〜あ

夜になってベッドに横になっていると咳が出る。起きると止まるので、点滴をしたまま寝たり起きたりしてると、突然針がずれてしまったのか腕に激痛が走った。あまりの痛みに声も出ないし、点滴した腕をもう片方の手で支えたまま、動くこともできない。必死の思いで足の指でナースコールのボタンをさぐる。何度かトライしてやっとナースコールのボタンを足で押すことができた。結局そこで点滴は中止となった。

咳がどうしても止まらない。緊急手術のため、ちゃんと読んでいなかった手術前後の説明を見ると、『麻酔の影響で痰が多くなる』とある。なるほど、それで痰を切ろうと咳が出るんだ。でも咳をすると傷に響いて大変なので、咳をしないように頑張る。するとますます咳が出そうになる。悪循環だわ。
看護婦さんに、咳止めか痰を切る薬をお願いすると、しばらくして吸入機を持ってきてくれた。15分ほど吸入。特に変わりはないようだったが、嘘のように咳が止まった。吸入機に痰を切れやすくする薬が入っていたらしい。あれだけ喉に絡みついていた痰が、すごく切れやすくなっていた。薬の力って偉大だわ〜
咳がでなくなったので安心して横になることができたけど、今度は眠れなくなった。

2003/11/20 ◇ 術後2日目

今日から流動食。おもゆにジュースなどだが、久々の食事ですごく嬉しかった。お腹減ってたしね。
今いる4人部屋は手術直後に入る部屋なので、6人部屋へ移動するように言われる。周りの人はさくさくと準備をしているのに、私は思うように動けず泣きそうになった。みななぜそんなにスムーズに動けるの?! それでも何とか少しずつ荷物をまとめた。移動時には看護婦さんが荷物を運んでくれた。

午後パパから、明日私の会社から2名お見舞いに行くとの連絡があった。
部長とマネージャーだわ。何を言われるかわからないので、少し憂鬱な気分になる。(流産したとき会社を辞めるように勧められた経験あり)

夜、パパがなあぽんを連れて来てくれた。頼んでおいた本に雑誌類、お茶用のコップをもってきてくれた。
なあぽんは比較的おりこうにしているらしい。もうちょっとしたらおばあちゃんが来てくれるから、頑張ってね。

手術後からどうも喉の調子がおかしい。看護婦さんによると、麻酔を喉に入れていたためらしい。管があたって喉の粘膜が荒れているのかしら。
痰が出るため、夜寝るときになると、痰を切ろうとして咳が出る。これが死ぬほど辛い。咳をすると思いっきり腹筋を使うので傷に響くのだ。とりあえず看護婦さんにトローチをもらって咳を沈める。パパにもトローチを買ってきてとメールでお願いする。

腹部を切るというのがどんなに大変か、今回の手術で思い知らされた。とにかく何をするにも腹筋が必要なので、動くことも咳をすることもままならない。本当に辛かった。
それから抗生物質とブドウ糖の点滴をずっと入れているんだけど、どうやら私は血管が細いらしく、何かの拍子ですぐに静脈から液が漏れて痛み出す。そのたびに針を刺しなおすのだが、看護婦さんに手首や手の甲で針を入れるのを失敗されて、かなり痛い思いをした。失敗した跡はどす黒くなって1週間以上治らなかった。

その日の夜も痛みで眠れないので、看護婦さんに座薬を入れてもらった。なんとか23時から明け方の3時までは眠ることができた。

2003/11/19 ◇ 術後1日目

そのまま激しい痛みにうなりながら何時間我慢したのかわからない。多分夜中の3時か4時くらいまで我慢していたような気がする。今思うとそこまで我慢する必要はなかったと思うけど。

うんうんうなりながら痛みのためまたもや一睡もできず。何よりも辛かったのは動けないこと。普通人間はお腹が痛むと無意識に身体を動かす。そうすると痛みが緩和したり、治まったりすることを知ってるからだ。でも15センチも下腹部を切っているので、動きたくても動けない。足を使って何とか腰を移動させるので精一杯。これまでの人生の中で一番痛く辛い思いをした。だって陣痛は休みがあるもの。休みのない痛みに、ほとんど動けないときた。。

もうこれ以上我慢できないということろまで我慢して看護婦さんを呼ぶと、点滴で痛み止めを入れてくれた。少し痛みが和らいだのでようやくうつらうつらと眠った。点滴が終わるとしばらくしてまた痛み出す。今度はあまり我慢をせず看護婦さんを呼ぶと、座薬を入れてくれた。これが結構効いて、お昼ぐらいまで休むことができた。

その日の朝は、パパがなあぽんといっしょに入院に必要なものをもって来てくれた。
昼には痛みも少しましになり、横の人のお昼ご飯の匂いでお腹が減ったなぁと思うまでになった。もちろん私は術後1日目なので点滴のみの絶食。
午後、あまりにも退屈なので、パパに本をもってきてと携帯メールでたのむ。それとベランダの植物たちへの水やりもお願いした。

看護婦さんが「無理はしなくていいけど、夜に尿の管を抜いてトイレに行ってみますか? 癒着を防ぐためになるだけ動いたほうがいいから」と言う。ベッドから起き上がることもできないので、まだ動くのは無理かと思ったけど、管を入れているのがイヤなので、夕方抜いてもらった。ベッドを起こしてもらってなんとか自力でベッドから降りる。そのあとは点滴棒に捕まりながら立って歩くことが出来た。トイレはどこかと聞くと、なんと私の病室はトイレから一番遠かった。トイレまでの道のりが永遠に続くかと思ったよ。

その夜も痛みで寝ることができないので座薬を入れてもらった。

2003/11/18 ◇ 緊急入院〜手術

膀胱炎のときにもらった薬と整腸剤を飲んでも、痛みは一向に治まらない。それどころかますますひどくなる。
結局うんうんうなりながら一睡も出来ず。パパは隣でグースカ寝ていたけど、さすがに明け方5時ごろ私のうなり声で起きて、心配そうに覗き込む。もう一度病院へ電話をいれ、診察を受けに行くことにした。
救急車を呼ぼう、というパパに、「歩けるから」と車を出してもらった。担架で運ばれるのはイヤだったから。

救急受付で看護婦さんと相談すると、産婦人科のお医者さんに診てもらっても、また同じ診断になるからということで、どうやら内科の先生を待つことになったらしい。かなり待たされる。その間ずっとソファで横になっていた。
そのうち隣の処置室へ移動。ようやくベッドに寝かせてもらった。さらにしばらく待っていると、女医さんがやってきて背中を叩き「響きますか?」と聞く。ハイと答えると、女医さんは看護婦さんに、「これ、やっぱり婦人科だから、すぐに先生に診てもらって」と指示。
その頃には歩く気力もなく、車椅子で診察室まで運ばれる。診察すると昨夜は痛くなかったところも全部痛い。
『骨髄腹膜炎』という大そうな病名をいただき、緊急入院することになった。

病室へ運ばれると、抗生剤と痛み止めを点滴。痛みが薄らぐと、1晩寝ていなかったため眠くなりうつらうつらした。
午前中の診察が始まる時間になって、再度診察を受ける。3、4人の婦人科の先生が寄ってたかって超音波を見ていたが、どうやらお腹を開いたほうがいいということに意見がまとまったようだ。結局午後から手術をすることになった。
私はと言うと、この痛みがなくなるなら手術でも何でもして頂戴という状態。
午後の手術までに、2度ほど採血をしたり、CTスキャンを取ったり。私は痛みと睡魔でフラフラ状態だったのでよく覚えていない。

手術前に手術衣に着替える。なにやら感染防止のタイツみたいなのもはいた。
14時半手術予定だったが、先生の予定が押していたようで、15時半ごろだろうか、手術台へ移動。手術室の入り口で、「頑張ってね」というパパと別れて、担架でガラガラと運ばれていく。天井を眺めながら『まるでドラマだわ〜』と思った。

手術室に入り、担架から自力で手術台へ移ると、酸素マスクが口にあてがわれた。口からの麻酔の前に、なにやら点滴で予備麻酔(?)か何かを入れたようだ。
流産の手術をしたとき2度も麻酔で幻覚を体験したので、ちょっと怖かったけど、本格的な麻酔の前に気を失っていた。幻覚を見たときは麻酔を入れた瞬間がわかったんだけど、今回はいつ気を失ったのかもまったく記憶がない。

目が覚めると4人部屋の病室に寝ていてパパが側にいた。看護婦さんの「もう麻酔から覚めましたよ」という声が聞こえた。あとで聞いたところ、手術は18時半ごろ終わったみたい。
なあぽんのお迎えがあるので、20時前にはパパは帰って行った。
そのあと、麻酔がきれたのか、痛みが激しくなった。看護婦さんを呼ぶと、「痛み止めを入れるのはもう少し我慢して」と言う。

2003/11/17 ◇ 腹痛

今日は社外研修だというのに、週末の間にすっかり忘れていて、会社へのこのこ出勤してしまった私。
派遣社員に「あれ、ゆき子さん、今日研修じゃありませんでしたっけ?!」と言われ、顔から血の気が引いた! ヤバイ!
慌てて駅まで走り研修会場へ向かう。途中部長とすれ違ってしまった。部長は「どうしたの?」という顔をしていたけど、私は焦っていたので挨拶もそこそこに走り抜けた。
研修は10時からなんだけど完全遅刻だわ。( ̄▽ ̄;)

結局10分ほど遅れて会場へ。大人数の研修を祈っていたけど、たった10人ほどの小規模なもの。遅刻して思いっきり目立ってしまった。同僚一人も同じ研修を受けることになっていたので、彼女は私の姿を見るとクスリと笑っていた。

研修内容は「数字を使った営業」というもの。私と同僚以外はみな男性。ときどき演習を交えながらの思ったより面白いものだった。
アメリカの大学以来、久々に統計の計算もやった。統計なんて今はエクセルでちゃちゃっとできちゃうので、まさかまたこんなところで計算機使って計算すると思わなかったよ。(^-^;

研修1日目は17時に終了。講師が「明日はみなちゃんと来てくださいね」と言う。何でだろう?と思っていたら、泊まりで研修を受けに来た人で、羽目をはずして飲みすぎて、2日目の研修に来れない人がいるらしい。サラリーマンらしいわ〜A(^-^;)

なあぽんの保育園の夕食は18時から。今お迎えに行くと18時前に保育園に着いちゃう。ちょっと早すぎるので同僚と一緒にドトールでお茶した。
研修終了前からなにやら下腹部に痛みがある。同僚に、「先週末、膀胱炎の診断を受けたから、それが関係あるのかな?」などと話していた。
「今夜はカレーを作るぞ!」と言って同僚に別れを告げ、なあぽんを迎えに行った。
保育園の先生に、「明日研修で早く迎えに来れるので、夕食はいりません」と言っておいた。

ところが、うちに帰ると、さっきまでカレーを作る気満々だったのに、下腹部の痛みが治まらず、すっかり気力をなくしてしまった。パパにも「今日お腹が痛いので夕食を作れない」と連絡。DVDを見ながらソファに横になる。しかし痛みはよくなるどころかひどくなるようだ。
パパが夕食を買ってきてくれけど食欲もなく、21時にはベッドに入った。しかし痛みで眠れない。
23時ごろパパとなあぽんが寝室に来たときにもまだ眠れず、「痛みで眠れない」と訴えると、パパは病院へ電話。急遽近くの総合病院へ行くことにした。

救急受付でしばらく待たされて、産婦人科の医師に診察を受ける。
右の卵巣が少し腫れてるようなのだが、私が痛いのは左側。腸が痛んでいる疑いもあるけど、今夜は内科の当直医がいないので、整腸剤をもらっていったん帰って様子を見ることになった。

2003/11/13 ◇ ママはエッチ

おとといの晩、なあぽんとお風呂に入っていると突然「みんなのママはエッチなんだよ」という。???
ついにエッチという言葉を覚えてしまったか。困ったな〜と思っていた。

今日もお風呂に入ると、今度は「みんなのママのおっぱいはエッチなんだよ」と言う。??? さらに「ママのおっぱいはエッチだよ」 ???
「あんた、エッチって言葉、間違って使ってるよ!」といいつつ、他の人に「ママはエッチなんだよ」なんて言い出したらと思うと不安になった。
よくよく問いただしてみると、どうやら、『女性がおっぱいを触られたり、見せたりするのは恥ずかしい』ということらしい。たぶん。(^^;)

2003/11/11 ◇ 誕生日

今日は私の誕生日当日。
去年は会社の近所のケーキ屋さんがお休みで、パパにケーキを買ってきてもらったけど、今日は火曜日だからケーキを無事にゲット。

昨年もそうだったんだけど、今年も思いがけず会社の同僚にプレゼントをもらった。
なんとドールハウスの小道具に、欲しかった砂糖と塩の入れ物。真っ白の陶器に木のフタがついている。私の欲しいものをよく知っている同僚からの心憎いプレゼントだった。私は何もあげてないのにヤバイよ〜 クリスマスに手作りリースでもプレゼントしないと!!(汗)

いつものようにギリギリまで残業してなあぽんをお迎えに行く。ところが保育園の入り口は真っ暗。?? え? もう閉園?! ピンポンをならすと先生が出てきて、「今日はお父さんがお迎えに来られました」だって! うそ!
うちに帰るとパパとなあぽんが。しかもなあぽんが大きな花束をかかえて、「ママ、お誕生日おめでとう!!」と駆け寄ってきた。
すご〜い!
パパはお寿司を注文してくれていて、おみそ汁も作ってあった。至れり尽くせりだわ〜
お寿司を食べ、ケーキを食べてとっても嬉しい誕生日になりました♪

2003/11/09 ◇ お誕生日ランチ

パパと私の誕生日を祝うために、池袋のホテルのレストランへステーキを食べに行った。
パパが夜ではなくお昼に行こうというので、お昼のディナーとなったんだけど、レストランにはランチメニューがあり、お値段もお得だった。ラッキー♪

以前このレストランに来たときは、なあぽんにホタテを頼んだ。
今回はランチコースを二つと、単品でホタテを頼み、私の皿からなあぽんに取り分ける。ステーキは焼き具合をレアにしたため少し噛みにくかったのか、なあぽんはあまり食べなかった。ミディアムレアにしておけばよかったね。ごめんね。

食事が終わって、デパートでパスタを購入した後帰ろうとしたら、なあぽんが「もっと遊びたい!」と言う。遊ぶって言ってもね〜
とりあえずホテルに戻る。
パパはホテルのサウナに行きたがっていて、私たちにも時間をつぶさせるため、美容院へ行かせようとする。髪は切りたかったんだけど値段がね〜 6000円だよ。子供は4000円なので、なあぽんとあわせて1万円じゃん!
しばらく迷ったあと、「誕生日だからいいよ」というパパの一言に負けて、美容院に入ることにした。

なあぽんは、シャンプー台に座るやいなや、お姉さんたちにマシンガンのように喋りかける。
「なあぽん、4歳なの」 「お友達は○○ちゃんなの」 「ママはゆき子っていうの」 「おめめに(水が)入らない?!?!」などなど。
聞いていて恥ずかしくて思わず他人のフリをしたくなった(^-^;

なあぽんはオーロラ姫になって以来、髪を伸ばしたがっているので、横と後ろはそろえるだけにして、前髪だけ切ってもらった。
そのためか、なあぽんの分をなんと1500円にしてくれた。またまたラッキー♪
なあぽん、早く髪が伸びるといいね☆

2003/11/08 ◇ 自然体験教室

今日は保育園主催の自然体験教室になあぽんと参加。
代々木公園に9時半集合だったので、いつもより早起きをしてお弁当を作り電車で出かけた。
ラッキーなことにいいお天気で暖かい一日になりそうだ。

集合場所の代々木公園横、オリンピックセンター中央広場に着いたのはちょうど9時半。
ところが誰もいない。えっ?場所間違えた? 午後はオリンピックセンターの室内で活動があるので、そこへ行ってみるけどやはり誰もいない。センター内にいた人が、先生たちは代々木公園の方へ行ったようだと教えてくれたけど、代々木公園も広いからな〜
どうしようと思ってたところに、同じ保育園の親子がやってきた。集合場所、やっぱりここだよね?

結局10時までに5、6組の親子が集まったけど、先生たちは待てど暮らせど来ず。
なんとか連絡先を知ってる父兄が、先生たちと連絡を取ってくれ、集合場所が間違っていたことがわかった。どうやら「中央広場」違いだったらしく、オリンピックセンターではなく、代々木公園の中央広場だった。前日に地図が連絡帳に挟んであったみたいだけど、私はそれを見ていなかった。でもこれだけの父兄が間違えたんだから、ちゃんと「代々木公園の中央広場」と案内を出すべきだったのよね。

10時半にやっと他の親子たちに合流。
公園の中を、「森の遊学舎」大西琢也さん(TVチャンピオン初代野人王)といっしょに散策。
これまでなあぽんたちは、この大西さんといっしょに、忍者ごっこで水鉄砲を作ったり、焚き火でホットケーキを焼いたりする活動に参加している。
今回は、ビンゴカードに「どんぐり」「赤い葉っぱ」など、自然のものがリストアップされていて、それらを拾ったらマスを埋めてビンゴしていくという方式。
他のお友達は一生懸命やってるのに、なあぽんはまったく興味を示さず、ママ一人で集めていた(^-^; ママはリースの材料が拾えて嬉しいんだけどね〜

お昼はママといっしょにお弁当。土曜日も保育園預かり組の子は、先生たちとお弁当。
一人すごくこったお弁当をもってきている子がいて、見せてもらった。今度お弁当を作るときは参考にしなきゃ。

お昼が終わってからオリンピックセンターへ移動。
今度はみなでリース作り。初心者でもできるように、麻紐などを使って作るリースを紹介してもらった。
飾りの材料は群馬からわざわざとってきたものだそうだ。
ママはリース作りに夢中。紐のリースができると、今度はツルのリース作りにもチャレンジ。
なあぽんはというと、早起きして眠いらしく、眠い〜を連発、もちろんリース作りには興味もなく、その辺うろうろしているだけで、すごく機嫌が悪かった。
みな一生懸命作ってるのに、まったく創造性のないやつだわ。(´ヘ`;)

リースの輪だけ作って飾りつけは翌日しました〜 作品はこちらのページをご覧下さい。

2003/11/02 ◇ アリスの写真〜ビストロへ

今日はスタジオアリスへなあぽんの写真を取りに行った。
パパは撮影のとき全くなあぽんのドレス姿を見ていない。出来上がった写真を見せると、「ふんっ」と鼻で笑っていた。でも可愛いでしょ?!

  

 

さて、その後近くにある焼き鳥屋さんへ。ネットのお友達、柊(しゅう)さんのお義兄さんのお店で、以前貸切でお世話になったことがある。
最近新装開店したというので、お邪魔するのを楽しみにしてた☆
そのまま焼き鳥屋さんかと思いきや、表の看板もガラリと変わってビストロになっていた!

中に入るとテーブル席は一つだけあいていて、カウンターに一人おばさんが座っている。
テーブル席は予約が入っているということだったのでカウンター席へ。なあぽんは執拗にテーブル席に座りたがる。どうやら他のテーブルに同い年くらいのお友達がいたので、近くに座りたかったらしい。「見て見て、あいてるよ〜!!!」というなあぽんをなだめてカウンター席へつく。
おばさんの横に座ったなあぽん、「今日お写真撮ったの♪」 「なに食べてるの?」などと喋りかける(^-^;
どうやらおばさんは写真関係のお仕事をされているようで、アリスでの写真を見せると「いくらかかった?」と聞いてきた。値段を答えると「それは安いわ」と言われた。アリスってやっぱり安いのか〜

お店は大繁盛。私たちがいる間にもどんどんお客が回転していく。いつの間にか隣のおばさんもおじさんに入れ替わっていた。
私たちが注文したとき、イカの和風スパゲティとホタテは切れていると言われた。ところが隣に座ったおじさんは常連客っぽくて、直接ムッシュー(店長ね)に頼むと、スパゲティとホタテが出てきた。
そこは遠慮を知らないなあぽん、スパゲティは自分が食べたかったのもあって、おじさんのスパゲティを指差し、「あったじゃ〜ん!!!」と叫ぶ(^-^; しょうがなく「なあぽんも常連さんになったら出してもらえるよ」とフォローを入れた。
「トマトソースだったらできたんだけどね」とムッシュー。
気を遣ってくださって、予約のお客さんに出すロシア料理のパン(パンの中にほうれん草、サーモンなどを入れて焼いてある)を、なあぽんに分けてくださった。すみません〜

スパゲティを食べ損なったなあぽんだけど、おいしいおいしいを連発して、ソーセージの盛り合わせはほとんど一人で食べちゃった(すごい量だったんだけど・・・) 私たちも牡蠣のフローレンス風、スペアリブなどなどのボリューム満点&おいしい料理に大満足。メニューには焼き鳥も健在だったよ♪
今度行くときはちゃんと予約していきますね〜