審判の秘密
本当は、こんなこと言っちゃいけないんだけど・・・
ユニークな審判といえば、真っ先に思い出されるのが85年にユニフォームならぬプロテクターを脱いだ三浦真一郎氏だ。テンポのいい審判だった。加えて言葉の歯切れもよかった。審判を辞めたあと、一時期テレビのコメンテータを務めていたが、程なくして姿を消した。今は何をしているのだろうか。そこで今日は古い取材ノートの中から、“三浦語録”をいくつか紹介したい。「本当は、こんなこと言っちゃいけないんだけど、クロスプレーの時なんか、アウト、セーフがわからない時がある。自分の立ち位置が悪かったら見えない。そういう時、僕はどこで判断したと思います?そう、両選手の目で判断していたんですよ。ほとんどの場合、自信のある方は目が輝いているんです。“逆にやられた”と思った方は目が死んでいる。だから瞬時に両選手の目を調べるんです。これは、まず間違いなかったですね。
その点、アンパイアにとって楽だったのは、元巨人の中畑。なにしろ、アイツは自分で“アウト”と言って滑り込んでくるんだから。もう、正直者そのまま。こんなに判断の楽な選手はいなかったですよ。しかし、正直者といえば、やっぱりこの人の方が上だったような気がするな。考えなくても分るでしょう。そう、長嶋さん。アンパイアがストライク、ボールのコールをする前に自分で“ウーン、これはギリギリいっぱいに入ってるな”なんてやっちゃうんですよ。さすがに中畑が憧れただけのことはある」
「ところで、よく“王ボール、長嶋ボール(偉大な打者であるこの2人にアンパイアは甘かったとの隠語)”の話を持ち出す人がいるでしょう。しかしこれは僕から言わせると全然違うんですね。この2人の方がアンパイアに合わせていたんですよ。逆に言えば、その審判のストライクゾーンに合わせるだけの力を持っていたということ。だから王さんだったら、球場入りすると真っ先に“今日のアンパイアは誰だ?”と聞いてましたもの。そのあたりのクレバーさは並じゃなかったですね。
しかし、僕が17年間の審判生活で、ほんとうに“コイツこそプロだ!”と思ったのは、後にも先にも江夏豊ひとりですね。いつだったか、春のキャンプで“ちょっとオマエのコントロール見せてくれ”と言ったことがあるんです。すると江夏は、“あと一週間だけ待って”という。つまり、彼の頭には“悪い時の自分を見せて、コントロールが悪いと思われたら損だ”という気持ちがあったんですね。で、完璧に出来上がってから“じゃあ、ちょっと見てくれ”と言ってくる。その時にはもう内角外角いっぱいにびしびしストライクが決まるんですよ。それを見ていると“コイツのコントロールに間違いはない”と逆にこちらの方が洗脳されそうになる。力だけじゃなく、本当に頭のいいピッチャーだったんですね。
そういえば、こんなこともあった。試合中、江夏の投げたボール気味の球をストライクとコールしたことがあるんです。それで三振となった。すると江夏はマウンドを降り際、僕のところにやってきて“今のはボールや。調子狂うでえ”と言うんですね。彼には“次の球で勝負!”という青写真があったんでしょうね。もうこっちの方が調子狂っちゃいましたよ。江夏の次に天才性を感じたのは江川卓。僕は江夏の後を継げるのは彼しかいないと思っていたのに、ボロボロになるのを嫌がってやめてしまった。あそこで何とか踏みとどまって、故障を克服し得たなら、まだ眠っている本当の才能が花開いたと思うんです。その意味では残念な投手だったですね。」
現役時代、三浦氏は“江川の恋人”といわれた。なぜなら三浦氏がアンパイアの時の勝率が、そうでない場合の勝率よりも、はるかに高かったからだ。