第2回
時の政府は民営化で話題を盛り上げましたが、なあ〜んのことはない、日本経済の二重構造を拡大(悪化)させてしまっただけという、一つの具体例です。 漫談風に仕上げました、なんてね。
ようやく探し、たどり着いた掘っ立て小屋に毛の生えたような、事務所のドアを開け、「すみませ〜ん、時田さんって方いらっしゃいますかあ?」
声を掛けたが、10畳間程度の事務所の中に話し掛けるには、少々大きすぎた声だったかもしれない。
そこにいた男ふたりは、どちらも背を向けて事務所机の椅子に座っていた。 他には誰もいない。
一人の後ろ姿は中年然とし、カップラーメンらしきものをすすりながら、見覚えのあるパソコンゲームに熱中していた。
もう一人は、見るからに老人で、向こう側の壁の天井近くに据え付けられたテレビを、ボーっとした感じで見上げている。 なんか、奥様向け番組ようなものが映し出されていた。
ゲームの中年男が、いかにも煩わしそうに、振り向きもせず、
「いるよ」 「… 」 その後を待ったが、なにも聞こえてこない。
すると、突然、その中年男の後ろ姿から怒声がした、
「だから、なんなんだよっ!」
ビックリしつつも、
「あの〜、 作業員募集の面接に来たんですが… 」
誰も、一度も、振り向こうとはしない。
その中年男はゲームをやりながら、
「面接? まだ早いんじゃないかあ」
「あっ、すみません。 一時になるまで外で待ってます」 と、見上げた時計は一時数分すぎを指していた。
「ああ、イイ、イイ。 そこで待ってろ」 ゲーム男は、相変わらず振り向きもせず腕を伸ばし、そこいら辺を指さした。
「あっ、すみません」 というも、指差さされた場所には座れる椅子はない。 しかたなく、その場に立っていることにした。
中年男は食べ終わっていたが、ゲームは止めそうにない。
老人も、詰まらなそうな後ろ姿で、相も変わらずテレビを見ている。
まるで窓際族の、隔離された部屋のような雰囲気だ。
目のおきどころがない。 見るとはなしにテレビの方に目を向けながら、
一応決心してきたんだから、ハラ立てないでおこうな、
とおのれに言いきかせつつ、ジーッとそこに立っていた。
ようやく、中年男はゲームを閉じ、今度はエクセルを開いた。
マウスを動かし、何やらどうでも良さそうなことをやっている。
柱時計は20分すぎを指そうとしている。
段々、本当にイラついてきた。 ヤバイ、とおのれを思いつつ、何とか善意に考えようとした。
… 今あいつは、おれの応募データを見ているところかもしれないじゃないか、… 本社のデータ・ファイルにアクセスしたのかも、 … おれにイヤガラセする意味もないだろう、…
こんなチンケなバイトだぜ、それはないだろう…
などと、おのれをドウドウしていたところで、
その中年男は、急に立ち上がり、おれの右そばに収まっていた椅子を指差しながら近寄ってきた。 手には書類らしきものが握られている。
「そこに座って」 「あっ、この椅子ですか?」 「うん、そこ、そこ」
「待たせたね」
「いえ、とんでもありません。お忙しいところ、こちらこそ済みません」
な〜んて応えてしまう、おのれにウンザリしながら、その椅子を引っ張り出して座った。
座ってみると、妙に落ち着きを取り戻せような気分になってきた。
「あの〜、福沢と申します。私の履歴書です」 と机の上に差し出した。
「あっそう」 と言いつつも、そいつは履歴書をチラリとも見ようとしない。 机に広げたペーパーに目を落としたままだ。
ようやく顔を上げ、
「どの職種に応募してきたの?」
こいつう、さっきパソコンで見てたのは、おれのデータじゃなかったんだ。 コノヤロー!と頭の中で反響させ、
「募集にありました、いち、にっさんの、二と三んです。大型免許もってませんので… 」
やっばあ。 応募した作業の明細忘れてるよォー。
「どの募集広告見たの?」
「あの〜、グーの検索で見付けたんですけど… 」
「ああ、グーの検索でね」 と言いながら様式が印刷されている紙に書き込む。
なるほど、色んな媒体に広告だしてんだ。 いちにっさんで分かるかなあ?
「掲載番号でいう人、多いんだよねえ」
なんだ、おれだけじゃねえんだ。 ビビることねえじゃん。
「すみません。普通免許だけでOKの仕事でしたら、何でもイイんですが」
「そう言われてもねえ。緊急応急の昼間の仕事は埋まってしまったしなあ。昼間の清掃の方も、ついこの間決まったし、残っているのは交通監視だけだなあ」
「……」
「まあ、夜勤の緊急応急が一つあるけど… 」
「あのお、夜勤というのは夜だけなんでしょうか?」
「うん? 夜勤だから夜だけに決まってんだろ」
「いえ、夜と昼間の交代制ではないかと…」
「ああ、そういう意味ね。夜だけだよ。以前は交代制だったけど、本部の決定で専門になってね。だから、夜は夜だけ、昼間は昼間だけ。まあ、人間は基本的に昼型で、夜型の人間はいないっていうことらしいけど」
なんだあ、それでもズウーッとフクロウやれってのか!?
「あのお、何時から何時なんでしょうか?」
「なに?昼間か?」
「… 」 このヤロ、夜勤の仕事しか空いてないんだろうが!
「まあ、昼間は9時から夕方5時まで、夜勤は夕方5時から翌朝9時までだな」
ひぇーっ、タクシー業務のようなもんじゃないかあ。
「ただし、夜の勤務の人は隔日だな。夜勤明けの昼間は、ゆっくり休養してもらうことになる」
「はあ… 」
「それで業務内容の話になるんだが… 」
「ハイ、お願いします」 あんまり気乗りしないなあ。
「まず、緊急応急は高速道路の清掃が主な仕事になる。本部を通じて指示が入ってきて、その現場に通常は二台の車で駆けつける」
「はあ… 」
「高速道路上の落下物とか穴埋めとか、アスファルトのヨリーー我々はコブと呼んでるがーーそのコブ取りとか、事故処理に伴うゴミ処理も行う。まあ、基本はそんなところだ」
コブ取りっていうのか、あのデコボコになったやつ。
「色々あるんですね」
「まだまだある。たとえば、除雪作業だ。こればかりは、他の作業に優先してやるケースが多いので、緊急招集がかかる時がある」
滑るところを車で行くんかあ、あぶねえーなあ。
「高速道路の管理は、その下の敷地までが範囲に入っていて、また、高速道路から出て行くものも管理する必要がある」
「はあ… あの、出てくって、車のことでしょうか?」
「出てく車を追っかけてって清掃するんか?そんなことあ、我々はやらん。たとえば、下の一般道に落ちてしまった落下物とか排水だ」
「なるほど… 」 じゃあ、高速道路から落っこちた大型トラックなどのゴミ処理もやるんだ。 なんか結構あるケースじゃんか。
「配水管の汚泥処理もある。高速道路の排水は、下の一般道の方に、といっても排水溝のことだが、そっちの方に流しているので、危険なものとか、詰まりそうなものは流せないことになってるわけだ」
「あの、危険なものって、たとえば何なんでしょう?」
「たとえば、ガソリンだ」
ガソリン!? 大事故なんかじゃ、そりゃあ流れ出るだろうけど、それもやるんか!? めっちゃ危ないじゃんかあ!
「排水関係は、途中にゴミなんかが溜まる構造になってるんで、その溜まったゴミを取り除くのが仕事だ。スコップなんかで作業することになるわけだ」
まあ、清掃だから何でもありだろうな。
「高速道路の下といえば、こういうこともある。高速道路の裏側にカラスが巣をつくり、子供が怖がっているので何とかしてくれって母親が通報してくることがある」
「先だっての新聞にも載ってたように思うんですが、カラスが随分と増えたそうですね」
「それは知らんが、巣は取り除かなきゃならんわけだ」
「はあ… でも、あんな高そうな所から、どうやって取り除くんですか?」
「はしご車を出して、はしごの先端に作業員が乗って取り除くわけだ」
「なるほど、作業用のはしご車もあるんですね」 取り除いた巣の処理は訊かんとこう、面倒臭い。
「だから、高所恐怖症の人は採用しないことにしてる」 おれって高所恐怖症が多少あるんだけど…
「それからついでに、閉所恐怖症の人もダメだ。マンホールのように狭いところに入って作業することがあるので」
それは、おれには無いなあ。
「色々ありすぎるぐらいだが、高速道路上に猫がいるとの通報が入ることもある。その時も、駆けつけて捕まえる」
エーッ! どうやって入ったんだよっ。 誰か捨ててったんかいな? 何れにせよ、その瞬間にオダブツだろうに…
「「ヘェーッ、そんなこともあるんですねえ。誰か捨ててったんでしょうか?」
「それは分からん。どこからか登って入ったのかもしれんし… まあ、我々サイドじゃ分からんね」
「それで、その捕まえた猫どうするんですか?保健所に持ってくんでしょうか?」
「いや、そんなことはせん。下の一般道のそばに放してやるだけだ」
「!? !? !? … 」
「それ以上は、我々の管理下にはないってことだ」
それ以上は、ったって、排水と一緒ってことでもないだろうに… なんとなくイヤーな気分だなあ。 もっとも、法律上はペットでさえ物扱いだから、せいぜい、廃棄物の不法投棄ってところだろうけど。
「それから、けっこう重い物も運ぶ。重い物では30キロもある。腰を痛めないように注意して、決して無理しちゃイカン」
まあ、こればっかりは、やってみなきゃわからん。
「恐いことがある。特に首都高なんだが… あれは、一般道とか河川に沿って高架されているんで、コーナーがデタラメに造られてるんだ」
なんだあ、現場に行くときにスピード出し過ぎるなって言いたいんだろう。
「そうですよね。結構きついカーブがあるんで、スピード出せませんよね」
「うん、確かに。だが、今では、きついカーブがあるだけじゃないんだ。両側に建物が多いんで、遮音のための目隠しが多くなったが、それが恐いんだな。カーブでの見通しが全くきかん」
「そう言われると、確かにそうですね。なにしろ、首都高でスピード出すのは恐いです」 変だなあ、おれ何か勘違いしてるのかなあ?
「それでだ。カーブに近いところで作業してた現場に、カーブを曲がってきた10トンダンプが突っ込んだことがある。そういう時は、止めてあった作業車などは、30メーターも吹っ飛ばされてしまう」
ひぇーっ! 超あぶねぇーじゃんか!?
「それで、作業なさっていた方々は?」
「まあな… 」
おいおい、言わなくとも分かるだろうってことか!?
「ともかく、そういう危険も伴う仕事だってことだ」
伴う? ジョ、ジョーダンじゃない、危険そのものじゃねぇーか!!
「ところで、うちは日給制なんだが、夜勤一日で11,500円だな」
チョットまてよォ、うんうん、エッ、夜勤16時間の拘束で…
「あのお、休憩とか仮眠とかはあるんでしょうか?」
「それなんだが… なにしろ業務が緊急なんで、呼び出しがかかると直ぐに出て行かなきゃならんだろ」
そりゃそうだろうな…
「だから、空きそうな時間を見計らって夜食をとることになる。非常に不規則だ。慣れてくれば分かる」
「… 」 空きそうな時間?
「まあ、カップラーメンにお湯注いでたら呼び出しが入り、帰ってきてラーメンじゃなくてウドンを食う羽目になったこともあるけどな、ハハハ」
「はあ… 」 このオッサン、よっぽどラーメンが好きなんだ。
「いやあ、2時間近くも外に出てたら、ラーメンも伸びてふくらんでウドンみたいになるだろう」
なにーっ!? こいつ、あんな残飯みたいになったやつを食ったんだ。 それも冷めたやつ…
これじゃあ、仮眠もなさそうだな。
「一回の夜勤で、何回ぐらい出動があるんでしょうか?」
「そうだなあ、平均で10回ってとこかな。もっとも、30回って日もあったけど… まあ、慣れれば楽な仕事だよ。ああ、出かけた時に、外で食べることもあるね。もっとも、高速の上で食っちゃいかんが」
まてよ、16時間の拘束で平均10回… てことは一時間半程度に1回ってことじゃんか… 現場との往復時間も考えたら… !? !? !?
「すっごく、忙しそうですねえ」
「そんなこたあ〜ないよ。慣れだ慣れ!」
そんなこたあ、ないだとお、よくいうよ! 下手すりゃ、飯食ってる時間もないじゃんか。
「なんか… 夜勤にしたら時給安いですねえ」
「うん、安いと思うよ。何しろ今じゃ、親方日の丸というわけにもゆかなくなって… 本社の締め付けも厳しくなりすぎてんだよなあ。現場の声を無視してな」
そりゃあ、そうだろ。 これじゃあ、どう考えたって時給700円チョットだもんな。 こんな危険のカタマリみたいな仕事で、カンタンな事務処理程度のバイトと一緒じゃん。
「色々とご説明頂きまして、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。それでどうする?」
「… ちょっと友達にも相談してみたいと思いますんで… 」
「あっ、そう… そうだ、帰るとき、あの表通りの交差点、気を付けてね。高速から降りてきたトラックが赤信号でも止まりきれなくて大きくオーバーすることが、よくあるんでね。
信号が青になっても、車が止まるのを確かめてから渡った方がイイよ」
オイオイ、そんなことは来る前に言ってくれよな。 おれ、あの交差点渡って来たんだぜ。 何から何まで、こえーところだ。
初 回
「フェミニスト」って言葉を使うことがあります。 「女性に優しい(おもに)男性」という意味ですよね。 但し、日本では、という条件付きです。 この条件を知らなかったために、初めて行ったパリで、しかも、初めて会った取引先の人に対して赤恥を掻(か)いてしまいました。
「貴方、スタイルも良いし男前なので女性に持てるでしょう。」
(いやホント、映画俳優みたいな方でした。私の質問はヤボの極みでしたけど)
「そんなことはありませんよ」
「いやあ、かなりモテそうですねぇ。 フェミニストのようですし…」
「!? !? !? !?」
(その後、完全に無視されました。 怒るほどのことか! と思ったのですが… 後で思うに、やはりバカにされたんだろうなあ)
「Feminist」には「女性解放論者」「男女同権主義者」という意味しかなかったのです… トホホ。
間違った思い込みって結構ありませんか? 私は沢山あります。
たとえば、「順風満帆」を(じゅんぷうまんぽ)と読んでました。 しかも、長い間、それなりの受験というものに合格した後もですよ。 笑っちゃいますよね。
でもね、ラジオ番組で永六輔さんが(じゅんぷうまんぽ)って言ってました!?
聞き間違いだろって言うんですか? 嘘じゃないですよっ、 一緒に出演していたアナウンサーが(じゅんぷうまんぱん)ですって訂正していましたから。
これは笑えなかったですね。 何故って、その番組で言葉の話をしていたのですから… そのアナウンサーは勇気ありましたねぇ〜。
エッ、まだ疑うんですかあ、わざと間違えたんだろうって。 いいですよ〜、そう思ってくださっても…
本日は晴天なり、 明日は不明。 天気予報はあまり当たらず…とも遠からず!?
予報官が外れても物怖じしなくなって何十年立つことだろう。
雨が降る確率が何パーセントと予報されて納得なさっておられますか? 私は、さっぱり分かりません。 慣らされてきてはおりますが…
ところで、このような「確率」というものに変な感じを抱くことってありませんか?
「確率」というものは、無限回数サイコロを転がすと「6」の目が平均で6回に1回出ることになる、という途方もない世界のようです。
しかし、1回だけしか転がせない場合に、当たり目が出る確率が1/6だよと言われても、どれ程の意味があるんだろう?と思ってしまうのです。
だって、無限回数ころがした場合に当たり目が平均で6回に1回出ることになる、ということなんですよね…
でも、1回しか転がせないんでしょう。 それだったら、たとえば1/100の確率と比べて、どれだけの違いがあるというんだろう?と考えてしまうのですよ。
変ですかねぇ?
1/100の確率の方が1/6の確率よりも早く当たり目が出ることは、十分にあり得ることですよね。 サイコロ百回転がすうち、最初の50回は1,2,3の目だけ出るということは経験則的にはあり得ないことでしょうが、計算上ではありえますよね。
たまたまアメリカ人と仕事の話をしている時に、
「客の判断はどっちになると思う?」と訊かれたので、
「こっちになると思う」
「どの程度の確率で?」
「50%程度かな」
「なんだ、それじゃ分からないってことじゃないか!」
… なあ〜んてバカにされたこともあります。 彼等は決して数学が苦手なわけじゃないんですねぇ。
こんなどうでも良さそうな話を友達にしていたら、
「なるほどな。 ところで、一千万分の十の確率の宝くじと六十万分の十の確率の宝くじでは、おまえ、どっち買う?」
「!? !? !? !?」
とまあ、ここでもバカにされてしまいました…
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