復活の時
榎本喜八
昔、プロ野球に榎本喜八という名選手がいた・・・。
かつて、「史上最強のバッターは誰か?」という特集をある雑誌で組んだ事がある。王貞治、長嶋茂雄、中西太、張本勲、落合博満、影浦将、川上哲治、宮武三郎、山下実、中島治康ら、そうそうたる名前が上がったが、中距離ヒッターながら上位にランクインしたのが、毎日・大毎・東京・ロッテ−西鉄で活躍した榎本喜八である。
実働18年、通算2314安打(12位)、246本塁打(39位)、979打点(26位)、通算打率298、’60年(344)と’66年(351)に首位打者を獲得しているものの、「史上最強」というには、いささか物足りない数字である。
若い読者のために榎本のプロフィールを紹介しておこう。{’54年春夏連続して甲子園に出場。’55年毎日に入団、高卒ルーキーで開幕戦に5番を打ち、打率298、16本塁打で新人王を獲得、97四死球は新人最多記録。以来毎日、大毎、東京を通じてクリーンアップを打ち、この間3割を6回マーク、2度首位打者を獲得した。オールスター出場12回、ベストナイン9回。引退後は、プロ球界には戻らず、東京・富士見台で駐車場と貸家の管理をしている}
東京・中野の自宅には何度かお伺いしたがインターホンを押しても応答がなかった。そこで電話をかけると夫人が出てきて「主人は修行の身でございます。」と言った。こちらは驚いて声も出なかった。数年前には、現役復帰を目指して新宿のバッティングセンターに出没しているウワサが流れた。榎本の性格を考えると、さもありなん、という話だった。