復活の時
榎本喜八
稲尾は、榎本一人を抑えるためにフォークを覚えた!!@
ところで、「名人豪傑列伝」に榎本はこう紹介されている。
{天才肌の人にはおうおうにして変人、奇人の類が多い。榎本もまた変人の部類に入るといったら言いすぎだろうか。晩年、ベンチで冥想にふけり、ナインから遊離していったが、それでも本人は少しも意に介することがなかったという。王が榎本と荒川道場に通っていたころだった。「王を動かしてはイカンと荒川さんが言うでしょう。そうすると榎本さんは僕の足をギューと踏んでスイングさせるんです。あの人はなにごとにも本気ですからね。痛いのなんのって・・・」と王が当時を回想した。可愛い後輩のために力いっぱい足を踏む。いかにも榎本らしい。手加減することを知らず、信念のおもむくままに行動する榎本。生きざまはともかく、ヒットを打つ技術だけなら、あるいは張本より上だったかもしれない。なににも完全を求めすぎたが・・・}
榎本に対する私の記憶は少年時代のものである。パ・リーグ一筋の選手だったため、テレビに映る機会が少なく、私のような「地方の少年」が目にするのはオールスターの時くらいだったが、一、二塁間を割る鋭い打球、ライトを襲う弾丸ライナーは強烈に記憶に残っている。孤高のサムライといったイメージだった。
通算276勝の稲尾和久は私の取材に、こう答えた。「対戦した中で最高にして最強のバッター。構えたままで見切る、ボールの見送り方が嫌だった。無気味なくらいの集中力を感じました。シュートもスライダーもきれいに打たれてしまうので、榎本さんにだけはフォークを投げた。たったひとりのためのバッターを抑えるために新しいボールを覚えなければならなかったんです。榎本さんとの勝負だけは野球をやっている感じがしませんでした。スポーツではなく真剣勝負、そう、果し合いだったような気がします。」