ピッチャー〜技術論と経験値
江夏をうならせた日本シリーズでの投球術
89年、ヒジを痛め、わずか9勝に終わった。翌90年も2ケタ勝利にひとつ届かなかった。自信を持って投げたボールが、なぜか打たれる。スコアブックとの格闘の日が始まった。「打たれるのは体力的なものなのか、それとも僕のピッチングに原因があるのか。データを調べているうちに、あることがわかったんです。打たれる選手には決まって真っ直ぐを待っているところにわざわざ真っ直ぐを投げたり,変化球を待っているところに変化球を投げたりしていた。どんなにアウトローぎりぎりにストレートを投げても、相手が待っていればそりゃ打たれますよ」
そこで工藤がとった方法は”バッターを見ながら投げる”ということだった。言葉にすれば簡単だが、その奥行は恐ろしく深い。ボールを長く持つ、ボールをバッターから隠すといったテクニックに加え、細心の注意が求められた。「たとえばファウルボールです。同じファウルでもベンチの方向へ飛んだ打球はタイミングが合っていない。逆に真後ろへ飛んだ打球はタイミングが合っている証拠だから気をつけなくてはいけない。そのファウルにしても変化球を待っていて真っ直ぐに手を出したのか、真っ直ぐを狙っていたにもかかわらずタイミングが合わなかったのかを探る必要があります。”バッターを見ながら投げる”という言葉には、そういう意味も含まれているんです」
99年の日本シリーズ、ダイエー対中日。工藤は本拠地・福岡ドームでの第一戦に先発し、6安打完封勝ちを演じた。この勝利が戦前、不利が伝えられていたダイエーを勢いづけ、結局4勝1敗でダイエーがシリーズを制した。評論家の江夏豊が思わず、うなった場面がある。ダイエーが3点リードで迎えた終盤のある場面、コントロールのいい工藤が、なぜか続けてワンバンドのボールを投げた。「あれができるのが今の工藤なんだよ」感心した面持ちで江夏は言い、こう続けた。「ワンバンドのバオールを投げることでキャッチャーの城島をピリッとさせ、乗っている気持ちを、さらに高揚させた。いい場面でやるなと思ったよ」かつて江夏はバッターを打ち取ることを目的にした配球のひとつではなく、野手に緊張感を与えるために、あえてインハイのストレートを使ったことがある。「オレはこれだけ攻めているんだという気持ちを時には意識して野手に与えるというのかな。ピッチャーは自らの背中でも味方と会話ができなければいけないんだよ」