プロフェッショナル〜落合博満


あえて投手の決め球を狙い打つ”理由と技術”

 三冠王3度。落合博満(ロッテ−中日−巨人−日本ハム)こそを「日本最強のバッター」と呼ぶ者は少なくない。以前、ある月刊誌で「日本最強のバッターは誰か?」というアンケート調査を行ったことがある。プロの名だたるピッチャーほとんどに意見を求めた。その中のひとつに、こういうものがあった。回答者は現役時代、スワローズで活躍した現ホークス投手コーチの尾花高夫氏。「マウンドからだと、落合さんのバットの見える時間がやたらと長く感じられる。つまり普通の人が“点”でとらえるのに対し、落合さんは打球を“線”でとらえているんですね。技術的にはインコースのシュートを振り切ってファウルにするテクニックを完全にマスターしていた。並のバッターはラインの内側に入れようとするのに、落合さんはそうしない。そしてアウトローはきれいにライト前に持っていく。僕なんかホームランが怖いからライト前ヒットに終わったらホッとしたものです。おそらくヒットだけ狙えば4割打てたんじゃないですか。91年のシーズン最終2試合で6打数5安打したでしょう。あれが落合さんの本当の実力だと思いました」
 続いて元ライオンズの松沼雅之氏。「落合さんがデビューしたての頃、僕は初対戦から6打席連続三振を奪っているんです。その頃はインハイが弱く、楽なバッターだと思っていました。ところが僕のインハイのストレートが打てないと分かると、それを今度は徹底して狙ってきた。やがてベース寄りに立つようになってインコースの厳しいボールを投げさせなくなりました」ウイニング・ショットを狙い打つ。これは落合について語る時、必ず出てくる話である。ピッチャーの切り札を先に潰しておくことで戦いの主導権を握り、自らのペースに引きずり込むのだ。おそらく落合の脳裏には、各チームのエースのウイニング・ショットの軌道がすべてインプットされていたはずである。
 阪急OBのキャッチャー、中沢伸二氏が興味深いことを言っていた。「確か落合が三冠王をとった年でピッチャーは山田久氏。一死満塁の場面でダブルプレーをとりたくてウイニング・ショットのインコース低目のシンカーを要求した。高さ,切れとともに見事なシンカー。“よし!”と思った直後、“ウワッ!”にかわったよ。落合の振り出すタイミングとバットの軌道がシンカーの沈む位置にピタリと合っているんだ。打球はレフトスタンド。長年、野球をやってきて、振り出す瞬間にやられたと思ったのは、後にも先にも落合ひとりだけだね」