プロフェッショナル〜落合博満


落合のみが成し得た“追い込ませてから打つ”

 バッターボックスの白線ぎりぎりに立ち、ホームベースの縦のラインに肩、腰、ヒザ、スタンスを平行に合わせる。バットは両手の小指で締める程度に軽く持ち、ほぼ垂直に立てるという独特のフォーム。少年の頃、建築家を志望して秋田工の建築家に進学した落合は、あたかもイメージ上の立体的な設計図に沿うかのごとく、自らのフォームを組み立てる。「あるとき、どうも構えがしっくりいかないのでホームベースを見直したら、ホームベースがずれていた。地方球場のことだけどね」落合は、そう語っている。いま、こんなエピソードを持つバッターはいない。各ピッチャーのボールの軌道がインプットされていれば、あとはそのボールがいつくるかを読むだけでいい。2ストライクを先攻された後でも何もあわてることはない。それは2ストライク後の打率にはっきりと表れていた。
 落合は85年に3割7分4厘、翌年にも3割2分4厘と2ストライク後の打率としては驚異的な数字を残している。勝負強さには定評のあった長嶋茂雄や王貞治ですら、通算ではそれぞれ2割4分5厘、2割3分9厘であったことを思えば、落合の追い込まれてからの勝負強さは尋常ではなかった。それを受けて“記録の神様”といわれる宇佐美徹也氏はこう語ったものだ。「追い込まれても打つのではなく、追い込ませてから打つ。落合はこれまでに全く存在しなかったタイプのバッターだったんです」また落合はバットに対するこだわりも尋常ではなかった。落合はロッテから中日に移籍する時、それまでの34.5インチのバットを35インチにかえた。そして巨人にFA移籍する時には、さらに0.5インチ伸ばして35.5インチのバットにかえた。しなりを利用して飛距離を伸ばそうとしたのだ。より分かりやすくいえば落ちていく体力を技術でカバーしようとしたのである。
 物理学的な見地から考えれば、ボールは0.1秒でもバットと接面している時間が長い程、遠くへと飛んでいく。バットの力がよりボールに多く伝えられるためだ。それには、バットがしなることが条件となる。完璧なホームランのスローモーション・ビデオを見ると、ボールがバットにのっかているように感じられるのはそのためである。あるベテランのテレビ・ディレクターが語っていた。「スローモーションを見て驚くのは、インパクトの瞬間、バットというのはヘッドの部分が後方に数センチしなるんですね。棒切れだから、1本の直線のままだろうと思っていたら大間違い。ムチといったら大ゲサですけど、バットが曲線になる。王さん、掛布さん、落合さん、いいバッターは皆、そうでした」