プロフェッショナルナル〜落合博満


材質まで希望したバットへのこだわり

 落合のバットへのこだわりは、そればかりではない。なんと彼は材質についてまで、自らの希望を口にしたというのである。そこに三冠王に三度輝いたスーパー・スラッガーの真骨頂がある。落合が現役当時、バットメーカーの担当者は語っていた。「バットの材質まで指定してくるのは今のプロ野球では落合さんだけ。30年前後の若木で、目幅の広いものほど弾力があるということを彼は知りぬいているんです」これには少々、説明が必要だろう。プロ野球選手が使用するバットの数は年間約三万本といわれているが、そのうちの8割近くがアオダモというモクセイ科の落葉高木からつくられている。残りの2割が北米産のホワイト・アッシュで、一般的に耐久性では前者が上、反発力では後者の方が上というふうにいわれている。アオダモは樹齢70年前後のものが、もっとも市場に多く出回っている。それは幹がよく成長していて、一本の木から比較的多くのバットをつくり出すことができるからである。ところが、若木は幹が細く、70年前後のものと比べると、バットを作り出す面積は3分の1にも満たない。そんな理由もあって、市場に出回る数は決して多くないのだという。担当者は続けた。「だから若木で目幅が広く、しかも真っ直ぐのヤツがあると、つい“これは落合さんのバット用だな”と意識してしまうんです。そう思わせるだけでも、彼はすごいバッターだということですよ」加えて、落合はバットの保管にことの他、気を遣った。ジュラルミンのケースに乾燥剤を入れて、湿気を防いでいたこともその一例といってもいいだろう。一見、豪放磊落(ごうほうらいらく)のように見える落合だが、自らの道具へのこだわりは並じゃなかった。そこにプロフェッショナルの気概が垣間見えた。
 再び担当者。「実はバットのコンディションを維持するというものも大切な技術の一つなんです。梅雨時には通常より30グラム以上、重くなってしまうこともあるくらいですから。だから梅雨時、若い人がバットを放り出したりしているのを見ると、心配になる反面、ガッカリしてしまいますね」仮に910グラムと思って振っているバットが、気づかないうちに940グラムになっていたとしたら重く感じるのは当たり前だろう。バットが水をふくんで重くなっていることなどつゆ知らず、ついフォームをいじったり、体力が落ちたと錯覚して意味のないトレーニングにすがり、余計にスランプの迷路にはまり込むことになる。この悪循環の中でもがき苦しんでいるバッターが、必ずどこのチームにも一人か二人はいるという。タイ・カップは、バットは「魔法の武器」と称えたが、一歩使い方を誤ると「自虐の武器」に覆してしまうものである。その意味では非常に厄介な存在なのだ。落合のようにまるで危険物にでも接するかのごとく丁重に取り扱ってちょうどいいのかもしれない。

 プロ野球選手ひとりひとりの顔が皆違うように、よく観察すれば、選手の持つバットも一本一本、皆違っていることがわかる。プロ野球人気の低迷が叫ばれて久しいが、そうしたディテールにこだわってみると、プロ野球はまだ面白い。「野球は言葉のスポーツ」という本の中に、バットコントロールの達人といわれたインディアンズのジョー・スウェルの言葉が紹介されている。彼はバットも一緒に野球殿堂入りさせ、野球博物館に展示したいという関係者の申し出を、こう断ったというのだ。「それは無理だ。腕だけを博物館に渡せるものか」歴氏に残るような強打者にとって、バットは自らの肉体の一部も同然なのである。