CADと立体グレーデイング(9)

立体グレーデイング発表の反響と質問の殺到、
質問の内容についての分析と回答


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2008年11月、待望されていた『旭化成AGMS社』の体型バランスを組み込んだ新しいグレーデイング・システムが『弥生会』の会場で 発表され、今までのCADでは期待出来なかったパタン操作システムが披露されました。
次いで同社主催による『展示会』が東京・大阪で開催され、多くのユーザーが身体寸法入力による体型バランス数値の自動計算機能とルール集のガイド による固別読み込みパタンの拡大パタンの描画機能を観察されました。

実用化のシステム作成が急がれると同時にシステムについての質問が多く寄せられました。その内容を拝見すると現在のパタン技術の 立体の概念(レベル)が極めてマチマチでその為の誤解や理解不足があり、その結果の質問である事が見受けられました。
システムを最大限にご活用戴く為には洋裁学校で学んだ技術からドレーピング、CADと繋がるパタン技術の流れを再確認して頂く必要が あると思われます。

このシステムの実用化はユーザーとの意識的な協力が重要で、その為にも体型とパタン、平面と立体との関連について『再確認』を お願いする必要がある事を痛感しました。この項ではその基本的な問題についてまとめて記載します。ご一読の上、機会を捉えて同システムをお試し戴ければ幸いです。

読み取れる質問の2つのタイプ

質問(A) 質問があります。
バストが 大きくなるにつれ、背巾と前胸巾の差寸が少なくなってきてしまいますが、原型の描き方がまちがっていますか?
特にバストが 100cm以上になると、背巾より前胸巾が大きくなってしまいます。 前胸巾が 小さくなるようにバストダーツ量を調整した方が よいでしょうか? (R)

質問(B) CAD で身頃の拡大を行うと袖ぐりは次第に広がって袖ぐり線の湾曲も変化し、それに伴って前後肩線の繋がりも鋭角化して 滑らかさを失い、袖付け全体のバランスは崩れて来る?これはCADでは解決出来ないか?(株)I社












此の質問は明らかに違う性格を示しています。
(A)は洋裁教育で覚えたパタンの処理について現実との相違に悩む質問ですし、
(B)は近年洋服の生産 工程で絶大な威力を示すCADによるグレーデイングの結果についての悩みです。

この様な疑問は今まで行われた洋裁教育とそれを基礎とした CAD技術では解決出来ぬ、明らかに技術的な限界を示す結果と云う事が出来ます。

パタン技術にはその時々の社会的な背景に応じて、独特の方法や考え方があり、その考え方をその儘にして新しい技術が導入され、 用いると往々にして解釈に混乱が生じ、前記の質問もその様な理解上の混乱か?と思われます。
先ず既製服の発生から現在に至るパタン技術の 時代的背景と内容の変化を辿って見ましょう。

質問の背景にあるパタンの考え方の相違

パタン技術の中心的なテーマである『原型』 と云う観点から洋裁の歴史を観ると
(A)洋裁学校の割り出し原型

(B)ダミーによる ドレーピング原型

(C)旧世代CADによる生産工程の変化

(D)新世代のCADによるパタン描画の変化 

の四つの段階に分けられると思います。

割り出し方式の製図法について


(A) 昭和年代初期の日本の既製服の黎明期から現在の『洋裁学校』が時代の先駆者によって開始され、日本の洋裁技術の中心的な 役割を果たし、戦前の洋装文化の発展に貢献しました。
その原型の考え方は
@バスト寸法と背丈の寸法から各部位の寸法を割り出して行く 『割り出し式』で
A元々その体型に近い大きさの『体形の形』を作成し、それを基礎にパタンを作成し、縫製前の段階で『仮縫い・補正』をして 仕上げる、と云う個別生産を前提とした方式でした。
Bですから割り出しの数値は経験値を基準に考えられた数値で、実際の体型の数値の近似値ではありますが論理的な関連はないのです。
Cしかし既製服の生産が増加するに従って技術者はこの個別生産の技術をそのまま適用してパタン作成を行うより他に方途がありませんでした。 実際にはサイズの体型の数値は割り出し寸法の数値をそのまま同一のものとして扱う、と云う事になり、今考えれば色々な矛盾が内蔵された状態 でありました。

先の(A)の質問について云えば『割り出し式』では背丈は(B/8+7.4)に対して胸巾(B/8+6.2)とは少し狭い比率で算出し、 後で(B/32)を加え、胸巾にダーツ分量を加えて前巾として背巾:前巾のバランスを取ります。この様な複雑な方法を採るのは胸巾から『肩巾』を割り出す 便法なのです。
この方式が記憶にあってそれでグレーデイングの『背巾:前巾』の変更を行うと胸巾が大きくなる場合があり、先にインプットされた 『割り出し式』とは矛盾するので、それが質問になったと思われます。

此処で注意したいのは以上の考え方が『誤り』とか『間違い』であるとか、と云う意見を申し上げている訳ではない、と云う点です。 背丈とバスト寸法から体形の各部位の数値を割り出す、優れた方法であったのです。
此処で指摘したいのは『割り出し式』の数値は 体型バランスの計測数値とは別の概念であってそれを流用して同意義に扱うには無理がある性質のものである、と云う事なのです。

戦後の凡てを喪失した日本の社会で此の方式の洋裁教育は多くの女性に美しさへの憧憬を与えた優れた方法でありました。 特に後で触れるダミーによるドレーピングの教育方法より多数の人に一度に教えるには最適な方法であったのです。
この方法はミッチェル式と云って沢山の亜流があり、ヨーロッパでも一部で行われている方法です。此れについては後ほど又触れましょう。

ダミーによるドレーピング原型

(B)のドレーピングによる原型作成はヨーロッパに於ける『伝統的な原型作成方法』で洋服の歴史と共に古くから伝えられた方法 です。その為にダミー作成の『工房』は多様に発達して夫々は個別の特色を競いました。またメーカーもブランドの特徴をダミーの個性に結びつけて 演出する事もある様でした。
しかし此の方法は『個人的な技量の範囲』が広く、また教育には手から手へ、と伝えられる伝承的技術で多くの人に 教育する方法としては困難があり、それが(A)の『割り出し方式』を発展させた理由でもあったと思われます。

イギリスでは子供服の家庭洋裁の便宜的なパタン技術として教えられた記録もあります。しかし基本的には『立体による裁断』で ニューヨークの『FIT』(ニューヨーク・ファション・工科大学)なぞでもダミーより起こした『原型』を基本として割り出し式を補助的な方法として います。

日本では(A)の『割り出し方式』の時代は1965年頃まで続きましたが立体裁断との出会いは『大野順之介先生』がニューヨーク・プラッツ大学から 来日され、東京婦人子供工業組合を通じてドレーピングを教えられえたのが最初で,これが日本の製品の質の向上の契機となりました。
これは日本の業界に画期的な向上を齎すきっかけとなったのです。爾後の高度経済成長期を通じて多くのダミーが開発されて登場しました.

割り出し方式とダミー原型の共通点


このように経済状況の変化と生産環境の発展に伴ってパタン技術も変化しましたがなお此の両者には共通するポイントがあります。 それは双方共に人間の視覚的な判断によって完結する、と云う性質を持ちます。割り出し原型の場合は近似値に よる原型から制作されたパタンを組み上げて最終的に個別体型に着せて完結します。ダミーの場合はダミー上でシルエットの造形を完結させます。 だから体型以外の平面上での操作は元来予期されない作業なのです。

しかし現実の生産状況は経済の発展に伴い、量産化・早期サイクル化・グローバル化が進行すると共にパタンの制作・管理は益々ハンドから離れて組織 の流れに乗って動くようになり、その管理はハンドが決めたルールによって行われる様になります。

その管理を行うルールは元来の個人の恣意的な性格なモノではなく、客観的な事実に基ずいた観念的な統一性を持ち、凡ての事象に対応出来るもので なければなりません。

立体操作法と平面操作法の問題

然しダミーで立体的に作成されたパタンは一度は平面に戻され、生地の裁断に用いられる事になります。この段階には

(A)パタンの性質を変更することなく行われる過程と
(B)パタンの性質を変更することを前提として行われる過程とがあります。

この平面の状態に戻され、操作を加える段階の操作には先に述べた客観的なルールが必要で,『組み立てたらどの様なシルエットになるか?』 を想定して行う『立体操作法』と云うルールによらねばなりません。
然し現実にはパタンを単なる『平面的な図形』として扱い、図形の変更として 行う『平面操作法』が行われるケースがあり、これが冒頭の設問のような『質問』を生む背景ちなっているのです。

この混在の問題は通常の仕事の場では特に大きな扱いにはなりませんでしたがグレーデイングが一般的になり、CADがパタン操作の 重要な部分を占めるよう担った現在の大きな問題点としてクローズアップしてきました。


『立体操作法』と『平面操作法』の混在の実情


(A)『平面操作法』の考え方の例
上図のバスト寸法を増加させたい時、従来のCADではその1/4の寸法をA - Bg - S,と比例して拡大します。或はその間 を切り開いて寸法を増加させる操作を行います。変更サイズの巾が小さい場合は矛盾は目立ちませんが大きくなるとそれが露呈されて来ます。

先の質問に関連して云えば比例式の操作法が組み込まれたCADで身頃を拡大すると背巾と共にカマ巾をも同様に拡大してしまうのでアームホールホ−ルは どうしても横に引き伸ばされて拡がる結果になります。これが質問の原因です。
また「9号」から「15号」へのグレーデイングではドレーピングで 組み直して新しいパタンを作成して行う、と云う問題もよく聞く話で,実際の体型の変化は相似形的な変化ではない、と云う事の例証であると思います。

(B) 『立体操作法』の考え方の例
上図のバスト寸法を増加させたい時、その方法を比率で考えるのではなく、実際の体型を計測した『バランス比率』 で拡大します。比率の算出は『バランス計測』でご覧頂きますが
Cb - Bw(背巾)−S(1/2カマ巾)、A - Bg(前巾)−S(1/2カマ巾)とバランスは異なり、 3:1,5:1の比率で増加させます。(バスト80 - 100 の場合)
又バストが増加すればカマ丈(袖ぐりの深さ)も『バストの増加分×1/10』の割合で深く なります。
加えて前丈は背丈に較べて『バストの増加分×1/10』だけ長くなります。乳房の高さが増して胸巾の増加と同時に丈(脇のネック点〜バスト線) も深くなります。

この様に(A)『平面操作法』の考え方はパタンを単なる画像としてその形を変更する、と云う考え方ですが(B) 『立体操作法』の考え方は あたかもダミーの上での体型の変化に対応してドレーピングを修正するようにパタンの平面上で『立体に組み合わされたらどうなるか?』を或は 『実際の体型であれば横方向に変化すれば縦方向へはどのように影響するか?』を想定し行うパタン操作となります。

第3の立体製図法とは?


この理論は後掲いたします『体型分析と原型』の1章・2章に詳細に述べてあります。
参考にして下さい。質問はメールでどうぞ!


以上が(A)は『割り出し方式の原型』から『ドレーピングによる原型』を経て発展したパタン技術の『人間の視覚的な判断によって 完結する』具象的なパタン技術の限界で(B)の『立体操作法』の考え方は体型を立体として抽象的に認識し、論理的・数値的な理解・解釈を加える 『考え方』で理論化して捉えた方法論です。
この第3の体型についての『考え方』は通常の洋服作りの過程では注目されませんでした。何故なら 生産自体が個人的で小さく、手工業的な特性を持つものであったからです。しかし現代の大量生産の時代になり、生産がCAD化により組織化されるに従ってパタンはかって のハンドによる牧歌的な管理体制からCADによる組織の管理に移ると共に抽象的な体型のルールの元に管理せざるを得なくなったのです。<

この第3の体型の『考え方』を明らかに説明した理論が『ミューラー理論』です。

詳細は此のホームページの該当する項目やグレーデイングの解説書『体型分析と原型』に譲りますが要点は次の点にあります。

第1 体型を立体として3次元の基準線を基礎に捉える

第2 体型の大きさの違いは別として身長・バストを基点に各部位のバランスを計測して多数のデータを抽象化し、類似点と相違点を分析して全体の変化 を計算式に表現する。

第3 体型を3次元の基準線を基礎に平面化し、各部位のポイント(位置)を2つの基準線からの長さで特定し、部位間の立体的な矛盾は平面上の図形では ダーツとして表現する方法を考える。

大変簡略な説明でしたが、今回、旭化成AGMS社は従来のCAD・システムにこの『立体操作法』又は『立体グレーデイング・システム』を 組み込む開発を行い、従来のCADが『平面操作法』の範囲でしか機能出来なかったのに対して『立体操作法』の範疇にまでその機能を高度化し、新しいCAD の時代を切り開く事となりました。

詳しくは同システムの詳細をご覧戴きたいと思いますが、第1〜第3の機能を組み込み、

○ 身体寸法を入力すれば対応する体型バランスの数値を自動的に 計算し、

○ グレーデイングでは各部位の拡大は自動的に計算され、

○ 予め読み込まれた個別のパタンにルール集に従ってポイントNo,を記入すると、先に入力 した個別体型の寸法によるバランス数値に従って変更し、

○ 拡大パタンを自動描画する機能を持つ事を目標にして居り、略その道程をクリアする見込みに 至りました。

まさにCADの新しい時代の幕開けとも云える機能強化と云えましょう。

大方のユーザーの協力を得てこのシステムの持つ論理を拡大・強化してよりハイ・レベルのシステムとなります事を願って居ります。


  •   理論の紹介書
     
  •  『体型分析と原型』(グレーデイングの理論と操作)4.200 円
  •  著者 小野喜代司
  •   発行 本の風景社 
  •   印刷・発売 ココデ出版(オーピーエス)

    この本は『デジタル出版』で一般の書店には流通しません。著者の直接販売かアマゾンのネット販売のみです。
    注文を戴いてから印刷・製本・納入するシステムなので必要な方は著者にご連絡下さい。一週間くらいで発送します。

  •  住所 〒251-0047 藤沢市 辻堂3−6−2
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