アホと変人、ふたりの落馬のお話です

アホの落馬

馬がジョギング程度に走っているときは、乗ってる方は鞍から尻を少し浮かせて立っています。デクデクした上下運動になりますので、鞍に座っていると舌を噛みそうな、痔になりそうな、そんな感じです。でも、競馬のように両前足と両後ろ足とが交差する疾走になりますと、乗り心地はまるで違ってきます。ふわ〜っと浮いたような感じです。上下運動は殆どなく、なだらか〜な波線のイメージです。とても気持ちがイイです。

思いっきり疾走させると、馬も生き物ですから汗を吹きだし疲れてきます。もう家に帰りたいや、と思い始めるみたいです。 心ある人は、そこで労(いたわ)る気持ちになります。「ヨシヨシ、今日もよく走ってくれたな。さあ、帰ろうか。帰ったら体を洗ってやるからな」とね。 不人情な者は、無頓着です。だから痛い目に遭(あ)います。

真っ直ぐな道を、馬に鞭を入れ疾走していました。 と、突然、馬は急激に速度を落とし、殆ど90度左に曲がったんです。こっちはタマッタもんじゃありません。馬の右肩口から前方へ、もんどり打って落馬してしまったんです。度肝を抜かれましたよ。怖かったかですって? 恐怖なんて感じる間もない、一瞬の出来事ですよ。
乗馬
本当に運良く怪我はしませんでした。馬が速度を落としたことと、落馬しながらも両手綱をシッカリと握ってぶら下がるような形で落ちたのが良かったようです。少し離れたところで見ていた人達が、オーイ、ダイジョーブかあ〜?と声を掛けてくれました。牧場の人達とは違って、人情味豊かな人々です。 すみませーん、だいじょーぶですう、と怒り心頭で掠(かす)れたような返事をしました。当時の中学生は未だ可愛い方でしたから、気を付けるんだぞーっと声を掛けられ、赤面した記憶があります。 そりゃあ、恥ずかしかったですよ、人前で落馬するなんて。

あっ、そうですね。馬が左に曲がった理由を忘れてました。
左折してゆく道が、家への近道だったんです…

変人の落馬

学生時代はシーズン別の体育授業が選択できました。 私はスキーを選んだのですが、友人の一人は乗馬を選びました。 私は彼の授業を見たことはありませんので、彼から聞いた話と、彼と同じ授業を取った者から聞いた話を複合した、彼の落馬の話です。

彼に、「やあ、どうだい、乗馬の授業はおもしろいかい?」
「… まあな」
「なんだあ、その"まあな"は?」
「いやあ、馬も生き物だから、車のようには言うこと聞かないね」
「そりゃあ、そうだ。だから面白いんだろ」
「この間、初めて馬に跨(またが)って歩かせる授業があってね」
「うん、どうだった?」
「それが、跨ったはイイが、歩き出さないんだよ」
「そういう時もあるわな。それでどうした?歩き出すまで待ってたのか?」
「まさか、後がつかえてるんだから… 仕様がないから鞭で軽くお尻を叩いたんだよ」
「へえ〜、鞭まで持って乗るんだ」
「形を整えるという意味でね…それはイイんだけど、叩いたらスイッと前に進んでね」
「そりゃ、良かったじゃないか」
「全然、よかないよ…」
「どうして?」
「急に前に動き出すんでビックリして…」
「なに言ってんだよ。尻に鞭入れたんじゃ、直ぐ動き出すに決まってんだろう。ビックリしたのは馬の方だろうが」
「馬もそうかもしれないけど、こっちもビックリして後ろから飛び降りたんだよ」
「エーッ!? どうやって飛び降りたんだあ?」
「だから、こうやって、跳び箱を後ろ向きで跳ぶような感じでさ」
「 … それで、なんともなかったのかよ?」
「ああ、どうってことなかったさ」

それから数日して講義仲間とダベッていると、乗馬の授業を取った奴がいて、
「いやあ、この間は凄い奴がいてね、馬から転げ落ちたんだよ」
「へぇ、なんでまた?」
「そいつは、跨ったはイイんだけどさ、馬が進まないもんだから、後ろを振り向いてケツを鞭で打ったんだよ。当然、馬は前に動き出すじゃない。でも、あいつは振り向いて上体が立ってるもんだから、馬だけ先に進んで、やつは馬のケツの方から無様に転落だよ、ハハハ」
「怪我しなかったの?」
「順番待ってる連中は、唖然として声も出なかったね。後から大笑いだったけど、駆け寄った講師は青ざめてたな。まあ、怪我なくて良かったけど」
「なんで鞭打つときに振り向いたりしたんだろう?」
「あいつのことだから、馬のケツの位置でも確かめたんじゃないの!」
「???」

そんな漫談めいた話を聞いていて、あいつう、おれにデタラメ言いやがっなあ、と立腹しつつも、それにしても変なプライドをもった奴だなあと思ったしだいです。


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