昨年(平成19年)永年のパタン技術研究の集大成としてミューラーの理論によるグレーデイングの手法を『体型分析と原型』と云う著書にまとめ、
デジタル出版する事が出来ました。現在の既製服業界の方々には他に類のない手法として興味を持たれ、多くの方に購入して頂き、高齢の著者には人生
の一里塚としての記念になった、と慶びました。
然しご縁とは奇なもので此の著書の出版が私をCADの世界に引き込む事になりました。従来のコンピューターによるパタンの技術はパタンを一つの画像と
して扱い、縫い代付け、パーツの作成、型入れ、情報としての保存、伝達(生産工場間の)が主な守備範囲で、既製服企業内の生産手段として大きな役割
を担う技術として発展しました。
しかし一方、パタンの性質に変化を与える分野(例えばパタンの作成、変更、グレーデイング等)ではパタンをその儘、CADに置き換え、ハンドで行う
操作をコンピューターの画像上での操作に置き変える、と云うだけで双方には本質的には変化がなく、従ってCADはパタンの性質に変化を加えると云う
分野では副次的な役割を果たすのみでした
処がAGMS社と云うCADの会社が『ミューラーのパタン理論』に着目され、理論のCADへの組み込みを決断され、それへの協力を依頼される運びになりました。
爾来,年余の月日が経過し、近々原型・グレーデイングに集約されたシステムとして完成、発表される事となりました。
AGMS社の優れたCAD技術とミューラーの『体型とパタンの論理』を組み合せ、プログラム化する概略を述べたいと存じます。
私はその理論的な問題の相談を担当したのですが此れは従前のハンドによるパタン操作とは異なる論理面での種々の問題に遭遇し、違った視点から
パタンを勉強する機会になりました。
ホームページは掲載してから3年余が経過し、毎月約200人の読者の方々に閲覧戴いており、多くの方が関心を持たれているにもかかわらず、
更新も儘ならずに年余が経過しましたが此の稿では改めてその経過の間に学んだ事や此れからのパタン技術の方向等について考えた事を
報告し、ホームページの更新も出来なかったお詫びとさせて頂きたいと存じます。
従来のパタンは体型の寸法を基礎に洋裁教育で教えられる“原型”か、ダミーによるドレーピングかによって作成され、これが展開されて様々な
デザインのパタンを造る、と云う方式が一般的に行われてきた方式です。
これはパタンの作成過程は
今迄のCADでは『手で操作して描く』と云う分野に限定され、『パタンに表現する寸法の配置と手順を考える』と云う課程は今までと同じく人が行うのですから、
結果としては単にハンドで行う操作をCADの画面上で行うと云う差だけで単なる『代置』になり、効果は限定されてしまいます。
それでコンピューターはパタンを画像(情報)として伝達、保存、加工(パーツ作成、縫い代付け等)には絶大な効果を挙げることが出来ますが、
パタンの性質に操作を加えると云う分野に関しては人力の操作と質的には変りがない事にならざるを得ません。
本来コンピューターは人の論理的な考え方を数値的な構造に置き換えて組み込む事により頭脳の働きの何倍もの効果を瞬時に行う為のツールです。
それには人の頭脳が行うパタン作成の考え方、即ち『パタンに表現する寸法の配置と手順』を論理的に構成して組み込む事が必要なのです。
だが従来の洋裁の方式には『論理的な構成の要素』が不足する為にコンピューターは手で行う操作を代わりにCADの画像上でそれをなぞる事しか出来ない事
になります。
それが現在のCADの限界になっていて、その原因はパタン技術側の『論理的な構成力』が欠如している点にあると考えられます。
2000年代になってCADの採用が一般的になり、特に生産段階の作業はCADによる操作が中心となり、パタンナーの作業部分に大きな比重を占めるように
なりました。
この状況ではパタンナーのパタン操作知識とCADの操作能力との間に大きな溝が出来、パタンナーはCADに引きずられてパタンを吟味して
作製するより単なるCADの操作担当者として単純作業に追われるという状況が多く見られるようです。
これはCADの開発・進歩に伴って1990年代になって現れた大きな問題点です。
上図右側のパタンナーの作業部分(ルーチン・ワーク)ではCADは高い生産性を示しますがパタンの性質に変更を加える創作部分
について(註1)パタンナーの思考の論理とCADの論理とは通じ合えない部分(赤線で囲まれた部分)があります。その為グレーデイング・修正
ではパタンナーの意図するような操作が現在の段階のCADには通用しないのです。
(註1)パタンの性質とはパタンを構成している要素―パタンのバランスやその数値、変更された基準線の組み合せ
(デザイン・展開されたパタンの)等を云います。
ミューラーは従前とは異なった発想で人体の『体型』の性質を『形』と『寸法』と二つの面から認識しました。それを根拠に『不特定多数』の体型
を総体として(抽象的に)の性質を明らかにしようと試みました。その考え方を概観して見ましょう。 このバランスは身長、バストの寸法に対する『計算式』として整理されますので、サイズ(身体寸法)に対して各部位の標準バランスが計算され、
それを組み合わせれば『原型』が描ける事になります。 E 以上@〜Cの図形としての表現 〜 原型
以上のバランス寸法と立体的な形の構成とを組み合わせて描かれたのが『バランス原型』です。この原型はダミーの様に個別の体型に縛られる事は
なく、洋裁原型の様に各人別の身体寸法に依ることも有りません。体型に対する抽象的な造形ですので身体寸法を入れ換えれば殆ど無限な体型についての
許容性があります。
@ 立体としての体型認識 〜 巾と高さ、そして“厚み”
まず体型は縦と横、そして厚みのある『立体』の造形として捉えました。従来のパタンでは『縦』と『横』の寸法として2次元的に(平面的に)考えて
いましたから、パタンは前面と後面で平面的に考えられ、バストが増加すれば肩巾も増加すると云う仕組みです。
ミューラーではバストが増加すれば『前面』もですが『側面』が厚くなり、従って肩巾は前面ほどには拡がらず、その差はバストダーツになります。
これが『立体的な考え方』です。
従来の平面パタンでもバストダーツがありますが、それは寸法を合わせる為に入れるので体型の『厚み』とは関係ありません。この捉え方の違いが
“平面思考”と“立体思考”の本質的な差なのです。
A “厚み”の基準は?
体型を計測するには前後の中心線とバスト線を基準に行います。しかし体型の『厚み』は何を基準にするのでしょうか?
では側面から見るとどうでしょうか?顔の側面・耳の前端から方の前側を通って足長の中央に走る線に
重心があり、これを『重心線』と云います。
それでパタン上では肩の前端からバスト線、ウエスト線、ヒップ線を通して足長の中央への垂直線を『重心線』として側面を前面、
背面と分ける基準とします。
ですから縦の基準は前後の中心線に重心線を加え、横の基準はバスト線・ウエスト線、ヒップ線と云う事になります。
立体の造形を認識するには3次元的に捉えなければなりませんがそれには『厚み』の基準が必要で、その考え方は従来のパタン技術には有りませんでした。
つまり2次元的な捉え方であったのです。
B 体形の実証的な認識 〜 紙張り、平面展開
もう一つの特徴は『形』体型の『捉え方』です。従前の洋裁では平らな生地を体型にあてがい、形に合わせて余分な部分を切り取り、残った部分を広げて
体型の『形』としました。それを背丈とバストの寸法から描き出す工夫をしたのが“原型”です。
ミュウラーは逆に体型に紙を張り、云わば体型の『張子』を作ってそれを平面に展開して『体型』を知ろうとしました。それも予めAの体型基準線を
平面上同一の寸法で描いて置き、展開に際してはそれに合わせて展開させるのです。
そうすると立体の特徴はその儘平面上に描き出され、膨らんだヶ所が平らになれば上下の足りない部分は“切り込み”になって開き(ダーツ)ます。
これは“りんご”に紙をはり、(包むのではなく)平らにすると上下に切り込みが出来るのと同じ原理です。
つまり立体を平面図形に立体の状態で『捉える』方法を考えたのです。そして此れを『原型』の基本としました。
C 体形の不均一性の抽象的な捉え方 〜 バランス
次に体型と云っても不特定多数の体型はどの様に認識すればよいのか?と云う問題で、これは既製服の根源的な問題です。
体型は百人百様で身長の高い、低い、バストの大きい、小さい等、様々です。
だが類似する部分もあります。身長に対して脚や手の長さは寸法は違いますが比率的に見ますと似ています。 むしろ相違する部分は主に体型の前面と
背面の“出っ張り方”(厚みの相違)です。バストの大きい人は前方に張り出し、小さい人とは相違します。また“反り身な体型”と“猫背”な体型も
相違します。
それで体型の各部分を計測して身長に対する各丈の部位、バストに対する各幅の部位とのバランスと共に、 相対する前後の部位
の相対的なバランスを計測し、それを身長・バストに対する“比率”(バランス)と関連付けて多数の体型のデータを求め、分析してみると
体型の相違には或る共通する法則性がある事に気付きました。
共通する部分は身長に対する“背丈”、“脇丈”、“手の長さ”等で、バストに対しては“腕の太さ”、“後首巾”等です。しかし共通しない部分もあります。、
前後の比率では例えばバストの寸法は寸法が大きくなると前面は背面より拡大率が1:2の割合で大きくなります。乳房が前方向に張り出すからです。
でもこの共通しない部分でも寸法の小→大の変化をバランスで整理してみると或る『法則性』がある事に気付きました。
それで身長とバストを基準に体型の各部位の計測値を『比率』で捉え、または前後の相対する部位の計測値を『比率』で捉えてデータを取り、統計的に
分析した結果、身体各部位の『計算式』を作成しました。これを『バランス計測』及び『バランス計算式』と云います。
この計算式によれば或る人の身体寸法が判ればその人の『標準的な各部位のバランス』が算出できるのです。『標準的なバランス寸法』は多分細かい部分
ではその人の体型には合わないかも知れませんが全体的な各サイズの標準バランスですからその寸法にある程度の『緩み(許容巾)』を加えて原型を作成
すれば誰でも着られる洋服になる筈です。
此のように身体寸法をその儘用いず、バランスと云う万人に当て嵌まる数値にして体型全体の捉え、分析した点に特徴があります。
D 不特定多数の体型の総合としての認識法 〜 計算式
Cの計算式は身長に対するバランスとバストに対するバランスまたその双方にバランスが変化する部位とがあります。
また同じ部位の前後のバランスの変化もあり、それは大別すると以下の様になります。詳しくは関連する図書をご覧下さい。
△ 体型バランスの変化の法則性とその標準化
以上の様な体型のバランスの計測値を収集して分析すると一見人様々なように見える体型バランスにはある法則性があり、身体寸法の様々な区分
について標準を求めると計算式が浮かび上がってまいります。
体型の各部位の身長及びバストに対するバランスの計算は次表のようになります。
◎ 体型の『かたちと計測』及び『体型分析とバランス計算』『原型の製図』の詳細については次の拙著を参照下さい。
前掲書 『体型分析と原型(グレーデイングの理論と操作』オンデマンド出版(本の風景社 2007年刊)
「パタンメーキングの基礎」 (文化出版−1007年刊)
第3節 体型バランス理論の論理のCAD化はどんなシステムになるのか?
以上の様な特徴を持つ理論をコンピューターに組み込むのは比較的容易と思われます。その理由を考えて見ましょう。
つまり『形』と『数値』によって論理的に体型の各部位ポイントを特定して描ける事になり、点と点を結ぶ線を描けばパタンを作成する事は可能に
なります。この二つの能力は人がパタンを考える際に頭脳が行う作業を代行するものです。
以上を総合してシステム化すればユーザーの必要とするパタンの『形』の変更操作は、パタンの各部位ポイントの位置を入力し、身体寸法の『数値』 を入力すれば自動的にパタンのポイントの位置を変更して描画を行う可能性を実現できると考えます。
○ 自動バランス計算システム
CADへの組み込みでは前述の計算式をプログラム化し、身体寸法を入力すれば各部位のバランス数値は瞬時に計算・表示されます。今まで手動で計算した
場合はバランス各項目毎に数値を算出しましたがその必要は有りません。
○ 自動Pt計算システム
またグレーデイングでは元パタン(A)のバランス数値の計算と(B)のそれとを同時に計算出来るので同時に計算し、バランス数値の差(Pt差)を求める様に
設定しますと元パタンと拡大パタンの身体寸法の入力だけで双方のバランス数値の差(ピッチ)は瞬時に計算され、表示されます。
○ 自動作図システム(仮称)
バランス原型の組み立て(構成)の論理(体型基準線と各部位の位置関係)を予めマクロとして設定して置き、バランス数値の設定により、各ポイントの位置は
確定され、予め決められた直線・湾曲線でそれらを結べばパタンが描きだされます。
○ グレーデイング・システム
この双方を組み合わせると元パタンと拡大パタンの身体寸法を入力すれば双方の各部位のPt(ピッチ)は自動的に計算・表示され、同時に(A)の
各ポイントは(B)のポイントに移動して作図され、グレーデイングが完了します。
○ デザイン・パタン。グレーデイング・システム
デザイン・パタンは原型パタンの状態に様々な変更を加え、『イメージ』に従って切り替え線を加えたり、ダーツの分量を利用してシルエットの
表現を変えたり、した一種の『造形作品』です。
しかし構造的に分解しますと凡ては原型からの変化した経緯があるので、縦・横・厚みの体型基準線を基軸に一旦原型からの変化を復元すると各部位ポイント
の体型上の原ポイントが判明します。それを基準にPtの変更を行い、その後に元のデザイン状態に戻します。
これがデザイン・パタンのグレーデイングの操作の原理です。グレーデイング・システム上ではアイテム毎について、また各デザインについて類型化し、
各類型毎に予めルール化して置き、ユーザーは自分のデザインをそのどれかに当てはめて各部位ポイントのNo,を入力し、希望する身体寸法を入力すれば
システムは瞬時にバランス数値を自動的に計算し。変更パタンを描画することが出来ると考えます。
デザインは無限ですからルール集は万能ではないと思われますが、ルール集に帰納できない場合はスタッフが要望を伺い、新しい適用をユーザーと共に
研究・開発すると云う考え方です。
○ パタン修正システム
パタンの一部のバランスを修正したい場合、(例えば肩巾を拡げたい、胸巾を緩めたい、等)パタンの入力後に該当部位のバランス数値を変更すれば
部分的にパタンは変更され(ダーツを狭めて胸巾にユトリを加えたり、肩巾を他のバランスに影響なく拡大したり、)等の修正・変更ができます。
○ ユーザーの広範囲な選択巾
操作の基礎になる『計算式』は必ずしも『固定的』なものでは有りません。各ブランドの特徴を表現する為に、例えば『肩巾を強調したい』或は『バスト
を目立たせたい』と云うっような意図に対してはユーザーは自己責任で計算式の数値を変更すれば全パタンは意図通りになります。
問題は構成する『論理』であり、登録されたバランス数値は全体的な統計による標準数値ですから個々の数値は『標準』を基点に各ユーザーにより
選択されればよいと考えます。個々の変更に際してはスタッフがご相談に応じ、お手伝い致します。
○ ユーザーのニーズに合わせられる弾力性
現状の企業では多少なりともCADが組み込まれた生産体制が確立して日夜動いています。しかし検討して見ると『何か○○の様に出来ないかナ』と云う
ニーズ(不満)がお有りと思います。と云うのは既存のCADには先述のような限界があるからです。
この理論の組み込まれたシステムはそのようなニーズ
に対応出来る弾力性を持って居ります。むしろその様なニーズに対応して開発が進められるシステムとも云えるでしょう。
つまり既存の各システムと競合するシステム、と云うより補完するシステムと云う立場を自認して居ります。ですから『何かこの様にしたい!』と云う
立場からご相談いただければよりきめ細かい開発が進むものと思われます。
(イ) この手法は理論的には実証的で、論理的な構成で優れているかも知れないが抽象的な思考が先立つので従来の技術が『目と感覚が主力の操作
方法』に馴れた方には取り付きが悪く、勉強するのは面倒であると云う意見が多く、忙しい日常業務の中では新しく勉強する事は煩わしい、と思われがち
です。
(ロ) 従来の方法で個別のパタン作成で差し当たり支障は感じなく、現在の業務は従来の洋裁で事足りているので今更新しい方法は不必要である、
と評価される事も多いようです。
(ハ) 然し現実を見ると世界は大きく変容して居り、近年CAD(IT)の発達は衣服生産過程に多大の変革を起こしたのは事実ですし、生産の
グローバル化、は今後の技術体系に更なる変化を要求すると思われます。その視点からミューラーの理論を考えて見ましょう。
(ニ)(イ〜ロ)は現状では当然と思われる反応であり、従って新たに開発されるCADのシステムは
(ホ) この論理体系の応用・発展は更に多くの分野に繋がると思われます。
私の人生は既製服製造の環境に生まれ、その恩恵を受けて過ごしました。若い時に感じた疑問を追いかけて最後に辿りついた終着点が
『ミューラーのCAD化』でした。
これが完成し、多くの方々が勉強しなくても高度な技術を駆使し、興味を感じられた方は更に研究を重ねられて『未来へのパタン技術』に繋げ、更に
高度化される事を祈念します。
最後に旭化成AGMS社がCADの現況の限界を打破すべく、ミューラーの研究に着目され、CAD化を決断された事はパタン技術の大きな転機になるでしょう。
その決断を賞賛し、開発にご苦労下さったスタッフの皆様に感謝すると共に、私の永年の夢の結実への途を開いて下さったご縁を感謝し、お礼申し上げます。