ミューラー物語り [Muller'Story]

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〜想い出〜

既製服の生産・販売という父の仕事に当然の様に従事した私は『良い品物は必ず売れる!』と云う教えを疑わず『着易さ』が鍵である、と信じていました。
私は縫製工場に就職し、洋裁学校で学び、立体裁断を習って勉強しましたが『これで良いのか?』と何かが不確かで、従って何かが不安で過ごした若い頃の日々を思い出します。
それは一言で云うと凡ての仕事は『どうしてそうするのか?』と云う理由は教えられず、只『やり方』のみを繰り返して来たから・・と思います。
まだ私が40歳の頃、『どうして?』かが判らなくて”技術は伝承的なもの!”と半ば諦めた思いを抱いていました。『優れた商品』の意味が判らなかったのです。


〜二つの出合い〜

当時は洋裁校出身のデザイナー達がデザインとパタンを作成し、それを量産して販売する、と云う極めて単純な段階でしたので『良い品物』とは何か?についてハッキリした意識はなく、漠然と恰好の良い洋服・・位の感覚でした。
1960年代初頭、当時の婦人服組合でニューヨークのプラッツ大学から大野順之介氏を招き、立体裁断のセミナーが行われ、私も参加する事になりました。

先生の冒頭の発言は『衣服の美しさはシルエットの美しさであり、それは地ノ目線とバランスに依拠するものである』と話されました。始めてシルエット〜地ノ目線と云う具体的な『美しさの構成要素』について伺い、何か見知らぬ『扉』の前に立たされた様な気持ちになった事を四十数年を経た今日でも思い出します。次項の(1)をご覧下さい。

もう一つの出合いはそれから二年後、当時にはダミーの種類が少なく、数ヶ月ヨーロッパで色々な国の洋裁教育、ダミー工房、工場等を見学して回った際にドイツで出逢ったミューラー方式の学校でした。それは日本の洋裁教育とはかけ離れた考え方で、日本の『仮縫い、補正付きの個別生産』を前提とせず、始めから不特定多数の人々を対象にして如何にパタンを考えるか?を前提にした教育法でした。次項の(2a~c)をご覧下さい。



(1)〜シルエットの構成とバランスの考え方〜

バストの周囲に針金簿の輪を回らし、それを水平に保つ様に肩から「糸」を垂らしたと想像しなさい。その輪から垂直に糸目 が落ちれば最も安定したシルエットが出来上がります。するとバストの輪への肩からの地ノ目線は垂直で且つ前後のバランスが 保たれている、と云う二つの条件がシルエットの『根拠』なのです。

以上が大野先生の冒頭のお話しの骨子です。始めて 美しさの意味を具体的な衣服の構成の要因として伺ったのです。

(2a)〜体型の捉え方の問題〜

ドイツの教育を観て最初に驚いたのは『バストの計り方』の違いでした。学校ではバストは胸周りを一周してメジャーを回らせ、全体の計測をする様に習いましたが、ミューラーでは『腕の前の点から垂直線』を描き、その線を中心に前後を区分して計ります。同様にウエスト、ヒップも前後を分けて計測します。
『腕の前の点から垂直線』とは人体を側面から見た時に頭部の耳の前端から足長の中央へ糸を垂らすとそれが重心の走る線である、との説明で前後の中心線と同じく体型は前面・背面・+側面の三面で考える・・と云う事です。
日本では人体は『立体』である、とは簡単に云いますが概念として云っているので具体的に立体として捉えているのではない、と云う事を指摘された様に思いました。

(2b)〜計測値の平面への転換の問題〜

更に驚いたのは『原型の描き方』です。平面上に垂直線(重心線)を引き、それから左右にバスト線を配分します。右に先の計測した B線の前部分(前巾)を取り、その点を通って前中心線を引きます。左にB線の後部分(腕巾+後巾)を取り、その点を通って前中心線を引きます。更に重心線より『腕巾=カマ巾』分を取って垂直線を引き、背巾線とします。カマ巾は『バスト×1/10+1cm』で勿論各部に緩み分量を加えます。
日本で習った原型では水平線上にバストの計測値の1/2を引き、3等分して左の前巾部分をXcm 拡げ、右の後巾部分をY cm 拡げてバストを3分する、と云うものでした。(現在は違います)

ミューラーでは計測した数値を直接平面に転換して並べ、平面上に現れる差を(例えばバストの前巾と前ウエストの差を)乳頭点の下のバストダーツの分量とするのです。日本での教え方は X cm のダーツを入れなさい、と云う方法に比して実証的な方法です。この『考え方』を積み重ねて原型を完成します。
つまり人体を立体として考えれば縦・横・厚さの三つの方向で考え→計測し→平面に転換して原型を描く・・と一貫した考え方が貫いているのです。日本では計測から原型は『やり方』のみの工夫はあっても貫く『論理性』には欠けている、・・と云うのが結論です。

(2c)〜個人と不特定多数の体型の相違の問題〜

後で気付いたのですが計測も原型の描き方も最初の体型の考え方(バランスで捉える方法)がサイの構成やグレーデイング にも一貫している事です。
 個人が対象ならその人のバランスを計測して平面に転換すれば良いのですが、不特定多数の 対象の場合はどう考えるのか?と云う点で、これはサイズに繋がって来る問題です。
  不特定の人体の『形』は極めて多種多様で一般的には(身長×バスト)及び(バスト×ウエスト)の組み合せで分別してクラス 分けを行ってい、出現率を算出して構成します。(日本のJISサイズ)
  ミューラーの方式ではそれに加えて先に述べた(前後のバランス)を組み合わせた考え方があり、更に実際的な体型を含めた サイズがあると知ったのです。
多くの人の体型はそれぞれ固有ですが極めて類似した点を持っています。例えば身長に対して後丈、脇丈、手の長さ,等の比率は 多少の差はありますが大きな違いは有りません。それで各人の計測値を並べて身長、バストとの対比率を分析すると各部位の 寸法の変動には『法則性』が確認出来る、と云う理論です。 この法則性を(身長×バスト)の表を組み合わせれば各サイズに対しても各部位の変化の法則性が認識でき、最も適合率の高い 『原型』が作成できる、と云う理論です。

〜ミューラーの発想のまとめ〜

ミューラーの発想の最大の特徴は”人体の体型は複雑な曲面で構成される『立体』である。と云う点から考えます。

@立体は縦*横*厚さ、の三つの方向に質量があり、その計測はその三つの方向を計測する。

Aその計測値を組み立てるに当たって厚みの基準線(重心線)から前後に計量すると曲面の場所によって(B/W/Hのヶ所の計測値) 差があればその差は曲面の凹凸を現す。

B従って3次元の形を平面に描く際はバストを基準線として重心線から前後にW線、H線の長さを取れば曲面の凹凸の分量が 出て来る、と考えました。(立体の平面への転換方法)

C 次に体型の複雑な関係を認識するには曲面を体型基準線に沿って切り開けば複雑な関係をその儘、平面に描けると 考えて『紙張り→展開』の方法を表示しました。

D @の計測は体型の複雑な個人的な差を知る為にはAの体型基準線を基線に体型の変化の多い部分(バストの前と後部分等)を 計測してして比較する、と云う方法を取りました。

E そしてこの方法は個人の体型のみでなく、不特定多数の体型の場合はその変化のデータを分析して体格の組み合せ(身長×バスト)  亦は少女期・成熟期・中年期・高齢期、等の体型の変移に応じてその数値を算出し総合するとその変化に『法則性』を得られると考え、バランスの計算式を作成したのです。

F またBの方法を拡げて応用すればグレーデイング、修正等、パタンの変更の操作がバランスの変更により、論理的に可能 である事を示しました。

この様にみると体型の三次元認識は計測〜分析〜原型〜変更操作と凡て『論理が一貫して』いるのです。これがミューラーの 理論の特徴であると云えるでしょう。、

〜日本での研究・ダミーとの関係〜

爾来この理論に魅せられて勉強を続けてしまいました。別に利益にも結びつく仕事でもありませんが第一に『面白かった』からでした。衣服製造・販売の仕事の他に『ミューラー理論のセミナー』も行い、多くの方に知って貰うべきだ、と考えました。このホームページはその勉強の足跡を綴ったモノでミューラーの考え方はパタンの修正やグレーデイング等の扱いには欠かせない知識であると考えます。

 日本でのファッション衣服生産では1960年代の先述の大野先生による立体裁断の紹介以来、各方面で色々なダミーが開発され、提供されて来ました。やはり視覚的なシルエットの創造、と云う面では此れに優る方法は無いと思われます。
ミューラーの原型は理論的な各部位の組み立て、と云う制約から結果は各人の体型には適合するけれど硬い・制服的な感じで優美なヨーロッパ的なニュアンスには乏しい、と云う欠点もあると感じます。

他方ダミーによるパタン制作にはダミー固有の制約があります。(ダミーの問題点)
  (a)ダミーのサイズやバランスはどの様に決められたか?
  多くは欧米のサンプルからの模倣であったり、製作者の個人的意図で「緩み」や「変更」が加えられたりし、その説明がなく、 パタンナーは与えられたダミーに疑問があってもその儘推移している。換言すれば社会的に認識される客観性が有りません。

(b) ダミーの癖はその儘製品に出て来るが変更したいと思ってもダミーのバランス以外には従来の洋裁知識では対応出来ない。 勢い個人の経験による変更を行う様になるが背景の理論がない為に『個人的伝承技術』になってしまう。

(c) 現在のグレーデイング概念はパタンの『相似形的な拡大』〈切り開きも含めて〉が中心で実際には納得出来る技術ではない ことは皆、気付いています。まして『修正』は個人的な『勘』に頼らざるを得ない事になっていて、体系的な技術でなく、 個人的な伝承手法とならざるを得ません。

(d) 特に最近の{CAD}の発達・導入・による生産過程の効率化は目覚しいが、こと・パタンの作成にはもう一つと云う状況で あると云えましょう。これは画像の扱いに関しては十分な展開を完成したCAD技術も、ことパタンの論理に付いては洋裁側に 確立された論理が無い為、個々の業者の個別の要求に添って開発されて来た為と思われます。

  詰まりダミーはその視覚的な創造性に於いて他に真似できない優越性にも拘わらず、形と数値の『架け橋』としては不足する疑問点は立体と平面図形の間の『論理がない』と云う 点であろう、と思われます。
ですからミューラーのパタン論理はダミーによる視覚的創造性を実務的な要請に応じて『補足』 する技術であろう、と云えるでしょう。

〜ダミーの制約と未来への技術の展開は?〜

未来の日本のファションの生産、パタンの作成技術はどうなるのでしょうか?


このような時代の推移を考えれば今後の技術の進むべき方途は次のような方向になると思われます。

商品の生産量、供給では日本は徒に量の拡大を追って現在の状況に至りましたが、顧客の充足感から見て未だサイズ・体型の問題、 等、多くの課題が残されています。次の時代の商品としての質の向上に向けてミューラーの考え方が前進の足がかりになれば幸い、 と思います。





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