21世紀の日本のファションは世界の中で有数の高度なレベルを保ち、豊かな質と量を堪能しております。それは多くの
若者が洋裁学校で学び、実業の世界に参加して日々の努力を重ねられた結果でしょう。
然し彼等や彼女達は学校で学んだ
技術・知識と業界へ参入して日々行わねばならぬ業務上の技術との間に大きな段差があって当惑する事になります。
具体的には学校では原型の作成からパタンの展開、仮縫い〜補正の過程を前提とした『個別生産』の技術を学びますが、業界では
ダミーによるドレーピングとそのトワルからのパタン作成、更に工場に於ける量産用のパタンの作成等があり、加えてCADの操作
を憶えて既製服生産の流れの各段階の業務を果たさねばならぬ立場に立たされます。加えて業界ではパタンの変更・修正・グレー
デイング等、学校では想定しなかった技術を要求されます。
近年ではこれ等の技能は補完的に学校でも教育が行なわれるようになりつつありますが基本的にはアメリカのFITのように既製服
業界の技術を産業技術として組織的に研究せず、断片的に操作として教育が行われ、産業技術の構造的な問題として捉えられて
いない点にあります。
1900年代には企業の内部で先輩が後輩を教えてこの様な技術を伝承してゆく『ユトリ』も有りましたが2000年代になり、業界の環境
も厳しくなり、各人は個別に不足する技術を修得せざるを得なくなりました。この様な技術の隙間を埋める系統的な教育機関はなく、
個別に塾のような訓練機関で学びますが、その多くはドレーピング・CADの操作方法・等の個別の教育内容で全体の総合的な
問題としてパタンを学べる機関は少ないように思われます。
この稿ではこれ等の背景にある、日本の洋裁教育・立体裁断
(ドレーピング)のパタンの問題点を総合して考えて見ましょう。
この双方の特質を理解、感得するには二つの方法があります。一つは教育の方法から違いを明らかにする方法で二つはパタン の操作を比較してその相違を感じ取る方法です。最初に教育による相違を見て、次に両方のパタンの変更操作の違いから理解 しましょう。
現在の業界でのパタン作成はダミーの上でドレーピングを行ってシルエットを造り、それを平面上に開いてパタンにする、と云う
方法で作成するの一般的な方法です。(Aの方式)
然し学校で学んだ方法は『割り出し方式』で作成された原型からデザイン展開を行ってパタン
を作成する、と云うものでした。(Cの方式)
両者の原型は同じような『形』で出来上がりますがこの二つのパタンの持つ性質は異なり、ダミーから作成したパタンは『3次元
平面パタン』と云うべき性質を保ちますが割り出し方式から作成されたパタンは『2次元平面パタン』とも云うべき性質を保ちます。
然し割り出し方式からのパタンは『仮縫いー補正』と云う過程を前提とする方式ですから最終的には体型の上で修正されて前者と
同様の結果となります。ですから割り出し方式のパタンを経過する方法は立体裁断を簡略化した方式と考えてもよいかも知れ
ません。
歴史的には(Aの方式)は伝統的(自然発生的)で西欧では昔から行なわれてきた方法ですが(Cの方式)は1900年代になってパタンを簡便に作成する為
に考案された方式でありましょう。
(Bの方式)はいずれとも発生の根拠が相違する方式でドイツのミューラーによって1960年代に提唱されました。人体の体型について
『立体としての体型の認識』からその構成と体型のバランスのデータを収集し、帰納的に分析してその性質を調べ、多くの体型の類似性と差異性を
解析してその変化を法則的に認識する、と云う方法でパタンを作成します。
[ B ]の方式
@背巾線の a点から1.5 cm 下に短い水平線を引きます。
A後中心線のE点から後肩巾寸法を先の水平線上に取りab'とします.
Bab'点の高さは後中心線から計測した肩点の高さと巾の位置です。
C背巾線上のBwから上に後肩丈+緩み分量を計測し、Bwを中心に短い円弧を振ります。
Dこの円弧はバスト線より計測した肩点の高さです。
Eすると先のab'点はこの円弧上にあるべき点ですが、この食い違いは後肩の丸みを挿んで同一の点を後中心線とバスト線の
双方から計測したからです。
F肩甲骨点 M から後肩線に直角線を出し、交点を M1 とします。
GM - M1- ab'の線を別紙に写し、M を基点に ab'が Ah の円弧に合致するように右へ回転させると M1- M - M2- ab と肩線は
ダーツ分量を開きます。
[考え方に注意!]
この様に後肩点を
二つの基準線から計測したのは後肩の丸みの分量を長さを後中心線からの計測とバスト線からの計測を平面上に取り、その食い違いで丸みを計測した
のです。その為に背巾線(重心線)を設定し、3次元の高さの丸みを二つの基準線からの長さを計測してその食い違いを数値化しました。
この様な方法を『3次元体型の平面化』と云います。
@前中心線上に前丈を取り、H1 とし、左へ水平線を出して前首巾をとり、H とします。
A H1 より下に前首丈(後首巾 + 1.0 cm)を取り、H2 とします。H より垂直線、 H2 より水平線を出し、交点を H3 とします。H1 - H - H3 - H2 は前の首繰りの枠で図のように前衿ぐり線を記入します。
B H より乳丈の寸法を取り、短い円弧をふります。前中心線から乳間寸法(A規準 + 8.0 cm を先の円弧上にとり、BPの位置とします。
(註 図ではBPはバスト線に重なっていますが此れは偶然で通常2.0 cm くらい下にズレル場合が多い)
C 重心線上の Bg より前肩丈の長さを取り, Ah とし、Bg を中心にBg - Ah の円弧を左側にふります。
D BP より垂直線を上に引き、H1 - H の水平線との交点を v1 とします。H - v1 - BP を別紙に写し取ります。
E 重心線より後首巾寸法を前側に取り、ガイド線として短い垂直線を引いて置きます
F Dで写し取った H - v1 - BP の別紙を重ね、BP を中心に左側へ H がEの垂直線と合致するまで振ります。合致点を Hs とし、
v1'- BP を結んで置きます。
G Hs より後肩の h - ab'を計測して同寸法を Hs より先の前肩点からの円弧上に取り、Ab とします。Hs - Ab を結び前の肩線
とします。v1'- BPと前肩線の交差点を f とし、Hs - f - BP の線は戻して H - e - BP とします。
HEで引いた垂直線は前のH点(脇のネック点)は前身頃では何処にあるか?のガイド線で、の重心線から
後首巾のこの垂直線上にあります。理由は後で述べます。
I結果として H - e - BP - f - Ab のダーツが開いてきますが、このダーツ分量がバストの膨らみが必要としている肩ダーツの
分量になります。
[考え方に注意!]
此処でも前身頃・脇のネック・ポイントをバスト線からの前丈の長さ、前中心線からの長さ、
そして重心線からの距離で位置を確定しています。つまり体型バランスの位置を二つ以上の基準線からの距離で計測すると、その相互
に食い違いが出てくるので、それが立体(3次元)である体型の『高さ』を平面上に描き出す事になります。この様な考え方が『3次元
平面パタン』と云うのです。
以上の製図の仕方、体型の各ポイントを二つ以上の基準線からの距離で計測して確定する、と云うのが
『3次元平面パタン』の論理なのです。
ドレーピングを平面に展開したパタンは立体を平面化したのですから意識しなくても構成される論理は『3次元』
です。従って修正・変更・グレーデイング等の操作はその論理に従って行わなければならないのです。その論理の部分が(B)の囲
み線の部分です。
次に(C)のミッチェル式の『2次元平面パタン』についてその考え方を検証して見ましょう。誤解の無い様に述べますがどちらが
良いか?悪いか?の検証では有りません。この裁断法は最終的に『仮縫い・補正』の過程を前提とした裁断法ですので最終的には
体型上で仮縫いしますので問題点は補正されます。然し既製服の仮縫い・補正が出来ない状況ではパタンの修正や変更には
『3次元平面パタン』の論理に頼る方が適当である、と云う事を述べたいのです。
[ C ]の方式
此処ではバスト線の配分はB寸法に『緩み』(12cm に固定)を加えてから配分します。
@配分比率は後巾=B/8+7.4cm,前巾=[(胸巾B/8+6.2 cm)+不足分(B/32 cm),カマ巾=残余部分、と配分され、体型の計測値は用いられない。
バスト90 cm の場合は後巾=11.5+7.4 cm,前巾=[(胸巾11.5 cm+6.2 cm)+不足分(2.9 cm)},カマ巾=6.5 cm と配分さます。
Aバストの配分は緩みが加えられてから配分される為にコントロール出来ません。
B前巾を胸巾と不足分とに分割したのは胸巾から前肩線を算出する為で前肩線を描いた後に胸巾線をバスト・ダーツを開いて脇側に倒して重心線とします。
C前肩線はSNPより22°の斜線を引き、胸巾線 + 1.8 cm の点を肩点とします。
D肩点の設定後、袖ぐり線を描き、その後にその中央よりBPに向けて[B/4-2.5 cm(92/4-2.5 = 20.5)°]を開いて胸巾線を重心線に移し、移動させます。
E肩線とバスト・ダーツの設定に胸巾の分量による度数表を用いて行うので肩線設定操作は二重になり、[A]方式より煩雑な手間を要すします。
[B]方式では重心線の設定により前肩点を後首巾の長さで設定できたが{C}方式ではそれが出来ない為に胸巾線から角度を設定してバスト・ダーツを開くと云う操作になります。
(B)の方式と(C)の方式の相違は考え方の相違
{B}の方式は立体のダミーに応じて縦・横・厚さの基準線を設定して体型を計測し、その儘パタン上の基準線からの長さとして
記入し、一つの点は必ず二つ以上の基準線から計り、その『食い違い』を体型の膨らみ分としてダーツで合わせます。だからダーツ
分量は自然に出てきます。この考え方を『3次元平面パタンの論理』と云います。
{C}の方式は平面上に縦・横・の基準線を設定してバスト・背丈の配分を行い、胸巾・背巾から肩線を割り出します。しかし
肩線の長さやダーツを管理する事は出来ません。ダーツも角度を設定して胸巾線を移動させる、等の操作が必要です。この
考え方を『2次元平面パタンの論理』と云います。
[考え方に注意!]
二つの考え方の相違は何処から生じたのでしょうか?{B}のそれはダミー(立体)の基準を
縦・横・厚さの『3次元』と考えて製図を進めたのに対し、{C}は『2次元』と考えて縦・横の平面の基準によって製図を進めたからで、つまり『厚さ』の
基準を想定しないからです。
勿論{C]のパタンは『仮縫い補正』の過程で立体に適合させますので問題はありませんが、それを
前提に出来ない『既製服』の場合は適当では有りません。
この[B]と{C]の操作の違いは{B]の囲み線の部分の『論理』に立って製図を行うか?否か?に依ります。簡単に云えばパタンの
作成・操作に当たって
『重心線』を考えに入れるか、否か?
なのです。
(B)の方式と(C)の方式の感覚的な相違の実験
製図から見た(B)と(C)の方式の相違は前項の如くですがパタン操作の上ではどの様な相違なのでしょうか?パタンの拡大の
操作を通して違いを見てみましょう。
[B]方式では立体ですからパタンをトワルの移してダミーの上で操作して見ましょう。今、仮にバストが隆起して前巾が1.0cm
大きくなったと仮定します。肩巾・ウエストが変わらないとするとパタンの前巾は
- @前方向に1.0 cm.広くなります。然し肩巾・ウエストは変わりませんから、
- A肩→BPダーツはその分量だけ拡がる事になります。
- Bウエスト→BPのダーツもその分量だけ拡がります。
- C更に乳房が隆起してバスト寸法が拡大したのですから横が広がるのに応じて前丈(W線→H点)も長くなります。
つまり立体のパタンの変更の操作は丁度ダミー上でのトワルの変更操作と一致した動きを平面上で行う
事になる訳で前巾の変更は同時に縦の長さの変更にも繋がり、ダーツの分量の変更にも連動する事になります。
この連動の仕方が[B]の立体のパタンの平面操作の論理になる訳です。以上は仮定の例で実際には前巾が大きくなれば後巾はその
1/2程度大きくなり、カマ巾も前後身頃で0.2 cm ×2 = 0.4 cm 程度大きくなります。
この比率はバランス計測の分析から標準的
な変化量が算出されますが、この一連の仕組みが[B]の論理になる訳です。此れを体型ばらんすにの『連動性』と云います。
[C]方式は一般的に行われる『相似形的な変更』や『切り開きによる変更』ですが最大の特徴は2次元平面図形ですから縦・横の
基準線に従って図形の変更が行われる事です。先の例で云えば
- @前中心線から前首巾、肩巾、脇線と増加分量は加重され、同時に肩巾・ウエストも同様に拡大します。
、
- A縦の方向に変更量が連動する事はありません。
- B縦の分量を拡大は前丈と同時に後丈、肩丈も同量変更されてしまいます。
- C前巾の変更が後巾・カマ巾の変更とは関連はなく、バスト全体の変更は随意に(恣意的に)ならざるを得ません。
従って縦・横の変更はバラバラになり、パタン全体のバランスは崩れてシルエットに
悪い影響を与え兼ねない事になります。
気が付かない体型バランスの不思議
[B]と{C]の操作の違いは脇のネック点(SNP)を{B}では重心線(側面に基準線)からの距離でとり、{C}では前中心線からの距離で
決めました。{C}では肩点を決めるには他に方法がありません。
私どもは前身頃と後身頃とは一見、左右に分かれた別の図形
であると考えてしまいますが実際には縫い合わされて前身のSNP H は後のSNP h と同じ『点』であり、前肩点 Ab と後肩点 ab
は同一の点です。この点に注目してネック点と肩点を観てみましょう。
バストダーツを前中心線側に逃がし、後肩線のダーツを袖ぐりに逃がして、肩線を縫い合わせた状態にしてパタンを拡げますと
左図の様になります。
そして重心線の延長とネック点の長さを直角に測りますと略、重心線〜SNP=後首巾=前首巾(実際は前は少し狭い)と云う
位置関係になります。
[B]の方式はこの関係を利用して前脇のネック点(SNP)を重心線からの長さで位置をとり、一方,前中心線からの長さ
で高さを取って両方の位置の『ずれ』がバストの膨らみによるダーツである、と確定したのです。
[考え方に注意!]
この[B]と[C]相違は前者は体型は立体であるから前後面と側面の三方向の基準線から考えて側面の中心線(重心線)からの
各ポイントのバランス関係に注目したのに対し、後者は前後中心線とバスト線のニ方向の基準線から考えた点に両者の相違の生ま
れた原因があります。
肩線の傾斜(角度)について見てみましょう。立体の体型上、前後の中心線は前面、或いは背面から見た位置関係は双方が
重なった線ですが、今これをパタン上で前後に開き、前後の中心線を平面上の一線に並べて見ましょう。
すると肩線は
傾斜していますから図のように開いています。
[ C ]の方式では此れを角度数で後側は18°前側は22°合計40°と設定しました。
[ A }では角度ではなく、バスト線上の重心線(背巾線)との交点から逆に腕の付け根に沿って後肩丈、前肩丈を計測してその結合点
を肩点とし、SNPと結んで肩線とします。
バスト線は水平で前後同じ高さですから胸が前後に厚い場合は長くなり、平面
上の肩点は上がってきます。
また腕の付け根が背丈とのバランス上、高い場合は肩点が挙がり、肩傾斜は高く、いわゆる『怒り肩』になります。また低い場合
は肩傾斜は低く、いわゆる『撫で肩』になります。
このように肩線の傾斜は体型の状況、腕の付け根の状態で変化し、必ずしも見かけに傾斜でパタンの傾斜が決まるわけではありません。
[A]での標準のバランスでは前後の中心線から前肩点は 4.5 cm.後肩点は 3.5 cm.計 8.0 cm 開いてきます。前の方が深いのは肩線は前方向に湾曲していますから前側が深くなります。
[考え方に注意!]
何れでも結果は同様ですが[C]の場合は角度で固定されていますが[B]では
『怒り肩・撫で肩』の変化に対応できる柔軟さがあるのが双方の相違と云えるでしょう、
重心線の他の役割
重心線は云わば立体の体型と平面パタンの間の『架け橋』のような役割を担う『考え方』です。
ですから他にも色々な役割を
持ちます。
(1)体型のバランス計測の基準
計測に際しては身長・バスト等の寸法と共に『重心線』からの前巾・前ウエスト等の
バランスを計る事により体型の傾向を知る事ができます。
(2)体型データの分析の役割
また(1)に関連しますが体型のデータを分析してその体型の傾向を知る事ができます。
(3)パタンの変更・修正のガイド
パタンの修正や変更を行わなければならない際にバスト線を水平に置いて『重心線』
を記入し、これをガイドにバランスを変更したり、修正を行います。
(4)グレーデイングの際の基準線
(3)をパタン全体について行うのがグレーデイングです。此れには全体的なバランスの
変更量(ピッチ表)を作成します。操作は重心線・(背巾線)とバスト線を基準に進めます。
(5)パタンのバランスのチェックの基準
また既に出来上がっているパタンについてバスト線と重心線を軸に拡大分量部分のバランス
をチェックする事にも応用できます。縫製の前の段階でのバランスのチェックは思わぬ失敗
を避ける事に繋がります。
パタンには重心線を記入して考えよう
以上がパタンを立体の造形として観る(考える)か、平面の図形として観るか(考える)か?の操作のポイントになります。
パタンは見た処は同じ様に見え、ダミーから展開されたパタンか、平面原型から作成したパタンか判りませんが、いずれも修正・変更・グレーデイング等
の操作を行う際には先ずバスト線を水平に配列し、次に重心線を記入して全体のバランスを視て操作順序を考えるように
しましょう。パタンに対する洞察力は更に深くなります。
Ladie's Pattern Cutting のホームページ
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