若い人達にパターンやグレーデイングを教える際に何時も彼女達は理解しただろうか?と云う疑念が残り、隔靴掻痒の感じがするのが長年の事でした。何か彼女達の理解に届いていない様な感じがするのです。
私はミューラーの理論を話す際には基本的な概念、
例えば体型は『立体』としてはどの様な構成要素から成り立って居るのか?だからどの様にしてその要素を分析し、パターンを描くか?またどの様に操作の方法が生じたのか?と云う様な順序で話しました。基本的な概念 → 具体的な『操作方法』と云う論理の順序で話maeniすのが一番理解し易いと考えていたからです。
それは今までの洋裁の教え方が『此の様に描きなさい』と云う操作の順序を教えるのが中心で、
『此の様な基本的な原理があるのでこの様な操作方法が考えられた』と云う理論的背景の話しはないままに、生徒はそんなモノか、と云う理解で操作のみを勉強するのが普通であったのです。其れに対して、ミューラーの理論は体型の観察・分析からパターン・メーキングを組み上げた理論→操作の論理的な方法であったので、それを伝えるのが使命であると思い込んでいたからです。
私には40年に渡って共に勉強して来た云わば『教え子』が数人居り、今回彼女達がグレーデイングについての教則本を記述,発刊する計画が興り、3年に亘って会合を重ね、この程初回の原稿が出来上がりました。
ところがその記述は原理には直接,言及せず、専ら原型から展開されたパターンへと操作の説明をと繋げて行くスタイルなのです。
その意図を聞いて見ると『この本を見てグレーデイングをやってみようかナ』と云う気持ちにさせ、このガイドによって実践を重ねて行く間に『何故この様な方法が出来たのかナ』と云う疑問が湧いて来て、今までに書かれた文献にその原理を尋ねるような意欲を起こす様な本が書きたい、と云う話でした。
この考え方は具象的な事例で操作方法(やり方)を学び、原型から類型のパターンにその操作方法を積み上げ、その経験の上に原理を体得する、と云う謂わば(帰納的な学習方法)と云えましょう。この方法と私の手法との対立は彼女達も判って居て、敢えてその方式の著述を良し、として著述、編纂した原稿なのです。
私は教育法に付いて専門に学んだ事はなく、ただ経験的に自分が疑問として感じて追求し、解明出来た事柄を経験に基ずいて伝える、と云う『教え方』でその教授法は必ずしも万全ではなく、他にもっと優れた教え方があるかも知れない、と思います。
私の良しとした方法は、先ず基本的な原理を理解・習得してその原理から実際にあるパターンの問題点に言及してその問題の『解』
を学ぶ、と云う道程を辿る、云うなれば『演繹的な伝え方』とも云うべき方法です。これは未知の問題に遭遇した場合に原理的なルールから考えて『解』に到達出来る方法である、と思うからです。
其れに比して彼女達の考える方法は先ず日常的に目にする問題点についてその論理的な『解』を習得し、それを積み上げる過程でそれらの問題の背後にある原理、原則にはなにか?と云う欲求を起こして全体的な原則を会得する、と云う方法で、云うなれば『帰納的な伝え方』とも云うべき方法です。
私にとっては自分が学び会得するのに最も苦心した事例を踏襲する事が優れた方法である、と思っていたのに、それ以外の考え方があり、それを良しとする考え方があり、その方が効果的に教えられるとする人たちが居る、と云う事は予想外の『驚き』でした。
其の二つの方法について思案する間に以前読んだ書物に「地図の読めない女と人の話を聴かない男」と云う著述があった事を思い出しました。この書は一時大変流行し、200万部以上の出版を重ねた書籍です。
“それは男脳と女脳の物事の理解・認識の性向は異なると云う傾向があり、相互の理解の誤りの原因になる場合がある、と云う事を医学的に説明した記述でありました。
すると体型とパターンの関係についても、その構造的な原理と具体的なパターンの構成の論理は同一であってもそれへのアプローチは男性と女性の対象ではその理解の経路が異なる、と云う事が考えられる事になります。
すると私が良し、と考えて長年に亘って伝えて来たパターン・グレーデイングの教え方は女性の技術者にとっては必ずしも最善の方法ではなかったのでは?と云う疑問が浮かび上がりました。
これは私には大きな発見でした。従来のグレーデイングの教え方では体型の立体としての基準線、体型のバランス計測とその計算式、を話し、それを基礎として原型の描き方を教え、その上でグレーデイングについて体型の拡大に対応するパターン拡大の操作を教える、と云う順序でした。
この思考過程の流れはやはり原則的なルールから具体的な事象例の操作へと理解を広めて行くと云う(演繹的な説明)です。これを(帰納式的な説明)に順序を変える、と云う事ではどの様になるのでしょうか?此れは私にとって大変、興味の尽きない挑戦的な試練でありました。それで試みに幾つかの例を考えて見ました。
以下私の想定した例を挙げて考えて
★ 先ず9号(バスト82 cm)のウエスト原型を示し、バスト寸法の後ろ巾、カマ巾、前巾(S部分)前巾(F部分)の分割を示す。
次に17号(バスト92 cm)のウエスト原型を示し、バスト寸法のバスト寸法の後ろ巾、カマ巾、前巾(S部分)+前巾(F部分)の変化を示す。
○この双方の各部位の寸法の変化からバストの拡大はバスト全体に均一ではなく、部位によって比率の異なる事を理解し、その比率の変化について数値的に学ぶ
★次に双方のカマ丈、前丈、肩巾、後首巾の差を抽出してそれらの変化はバスト寸法の変化に対応して比率的にどの様な関係にあるか?を説明し、バスト寸法の変化は単にバストのみの差に留まらず、体型全体のバランスの変化に繋がっている事を説明し、体型の構成の性質を比率の側面から説明する。
★続いてバストの変化に留まらず、身長の変化についてパターンはどの様に変化するか?を示し、全身の体型バランスの変化表について説明する。
○ 以上は何人かの具体的なサイズの異なる体型の寸法を提示して行なえれば最も実証的ですが無理なれば双方のウエスト原型を使って行なうようにします。(トルソー原型では煩雑になり過ぎるのでウエスト原型を使って行います。)
★ 次に以上の原型比較の経験から原型の描画を行なう。その経過の中でバストの配分とその構成を経験する。更に後ろ巾:後肩巾の描き方、前巾:前肩巾の描き方、描画の順序を学ぶ。
○巾のベクトルと厚みのベクトルは立体での交差が平面上ではどの様に表現されるか?を経験する。
★加えてバスト配分に対するウエスト線の配分を行なう。バストの配分に対してウエスト線の配分は重心線の前後でどの様に決められるか?
○その差はウエスト・ダーツとしてウエストの“括れ(くびれ)”をどの様に表現するか?を学ぶ。
★以上は体型バランスの計算とバランス表との(帰納式的な説明)の例です。同様にグレーデイングについても9号→17号については各部位毎の拡大のPt差と拡大方向を示して実際に操作を行ないつつ、前後の肩巾と後ろ巾、前巾S,と前巾F,部分との拡大と後肩ダーツ、前バストダーツの描画を学ぶ。
★次に以上の原型比較の経験から原型の描画を行なう。その経過の中でバストの配分とその構成を経験する。更に後ろ巾:後肩巾の描き方、前巾:前肩巾の描き方、描画の順序を学ぶ。
○この過程で巾のベクトルと厚みのベクトルは立体での交差が平面上ではどの様に表現されるか?を経験する。
★加えてバスト配分に対するウエスト線の配分を行なう。バストの配分に対してウエスト線の配分は重心線の前後でどの様に決められるか?その差はWダーツとしてウエストの“括れ”をどの様に表現するか?を学ぶ。
例題の教え方の順序と内容は次の様に要約されます。
@ 9号 17号の原型の比較 → バスト各部位の比率の相違 と 拡大比率の相違
A バストの相違に関連する前丈、肩巾、等の関連部位の変化 → 体型の構成の変化の性質
B 身長の変化に伴う変化部位の変化 → 全身のバランス表
★ @〜B はバストの各部位のバランスの比較からその変化の非均一性を学び、更にバスト以外の部位が連動して変化する、従って体型の構成部位はずべて連動して変化する事を学ぶ。身長を含めた全身のバランス表の説明に至る。
C 9号原型の描画 → バスト配分、巾×厚み×高さ の3つのベクトル(方向性)の説明 → 立体の要件の説明
D 後肩巾と後巾、前肩巾と前S部分の交差の説明 → 3次元〜2次元表現の転記入の意味
★ C〜D は体型の3次元のベクトル(方向性)の説明をし、巾(肩巾)と厚み(前身ではS部分と肩巾の描画の方法、後身では後巾と後肩巾の描画の方法)を学ぶ。
E バストの前後の配分とウエストの前後の配分のバランス(美的基準の有無)
F バランスの2重の性格〜全身とバスト・身長、周径各部位の前後と上下
、
★ E〜F はバスト:ウエスト:ヒップの重心線を境界にした前後のバランス関係の意味を教える。バランスは全身と各部位、各部位の前後、バストとW線、H線、と凡て二重の関係でバランスが調和しなければシルエットは安定しない。
G 9号→17号のW原型のグレーデイングの実施、バランスの変更〜各ベクトル毎の変更の順序を学ぶ
★ G グレーデイングはサイズ間のバランス数値をその比率に沿って変更して図形を描く作業である事を学ぶ。
この考え方はバスト線の3次元区分と前後のバランス関係を呼応して意識させ、原型、デザインパターン、の3次元区分〜グレーデイングについて共通の感覚を持たせる区分です。
尚この区分はグレーデイングに於けるバスト線の拡大、前巾の拡大と肩線の拡大との『ずれ』、バストダーツの拡大分量の確定、それらの操作順序等々、の製図経験によりバスト線関連のパターンの構成の理解に役たちましょう。
C 更に重心線を境界線にしてバストのS部分+F部分:前ウエスト、前ヒップ の上下のバランスを判断するにも有効であると思われます。
バスト線とウエスト線の上下のバランスは
前巾:前ウエスト(1/2W×1/2-2.0 cm)の対比が一般的で、1/2W 寸法の残りはカマ巾+
後ろ巾との対比となります。
D 同時にウエスト原型 と トルソー原型の双方の存在意義の説明にも役に立つと思われます。
ウエスト原型は重心線がウエスト線で上下は分断される為、バスト線との上下のバランスは切断されてしまいます。従って下部分は
スカート又はパンタロンとの組み合わせが行なわれ、上下の継続したシルエットの美しさは無視されます。
その代わり上部分は肩ダーツが脇やW線へと移動され、デザイン上の自由な扱いが可能になり,ドレス、ワンピースのデザインでは自由差が増加します。
この例ではバランス自体の区分の仕方を立体の原理と組み合わせて変更し、ベクトル(方向性)との対比、上下のバランスとの対比、等々の考証で立体パターンの様々な原理の組み合わせを修得する事が可能になります。
演繹的な教え方はともすると教条的な講義調になり易いものですが、帰納的な話し方はその組み合わせや原理との結び付け方の工夫に
より更に面白くなりますが、予め教える側は綿密な計画と周到な用意を必要とする方法です。
Ladie's Patan Cutting のホームページ (ホームへ)