パターンメーキングでは最初に学ぶのは原型です。処が原型には二種類あり、立体グレーデイングではトルソー原型と云って上半身からヒップ線までのパターンを勉強するのですが一般の洋裁校ではウエスト線までのウエスト原型を習います。何故二つの原型があるのか?と云う質問がありました。
これは極めて重要なポイントを含む問題だと思いますので此れをテーマに取り上げて説明します。
注意して置きたいのはこの二つの方法について『優劣』を論じる趣旨ではありません。何故なら二つの方法は夫々の目的が相違するからです。片方は洋裁メソッドを一般化し、家庭でも容易に使える事を志向した方法であるのに対して他の考えは体型の客観的な観察・分析を通してパターンの論理性の追求を志向する方法であるからです。
要は私どもがパターン作成に関して最も適切な方法を選択して行けば良い事であると思います。
現在の世界的に共通して用いられる服装は『洋服』ですがその源泉は西欧の洋服が体型の『形』に平らな生地をあてがって形の通りに生地を切り抜き、縫い合わせる、と云う方法から始まったのが源泉です。然し一々顧客の体型にあてがった生地を裁断する、と云うのは煩瑣な仕事ですので其の体型に合わせてダミー(身代わり)を作成してそれを用いて生地の裁断を行うと云う方法になりました。
此れは今日、ドレーピングと呼ばれている方法で製図方法を含まない手作業のパタン製作方法ですが私どもも勉強しなければならないと云う理由のある重要な裁断法です。
なぜ勉強しなければならぬのか?と云う事を理解するにはドレーピングの意味を知らなければなりません
@ 縦と横方向の糸によって織られた生地は縦方向には伸び難く、斜め方向には伸び易い、と云う性質を持ちます。この性質を生かしてシルエットを作成するのがパターン・カッテイングの目標です。
A 通常体型の前後の中心線に合わせてトワルの縦の地の目線を設定してピンで留め、それを基準に横の地の目線をバスト線に合わせて水平に保ってピンを打ち、肩線、袖ぐり線、脇線、ウエスト線と設定してピンで留め、体形の輪郭を切り出してゆきます。
B 此の様に横の地の目線がバストラインに沿って水平に保たれ、縦の地の目線がそれから体表面に沿って垂れ下がり、シルエットが形造られるようにダミー上のトワル(木綿生地)の縦の地の目線を視覚的に確かめつつピンで留めて形を作成します。
C シルエットの形成には体型の前後に垂れ下げた生地が、横の地の目線が水平に保たれているようにバスト線で生地をピンで留め、肩からの縦の地の目線が前後ともバランス良く保もたれている状態が最もシルエットは安定し、また体の動きに連れてシルエットも最も美しく動きます。
D 余分の生地は切り落としてダミーから離して平面に展開した図形がパターンの元型になります。
E 何故縦・横の地の目線の垂直・水平に拘るか?と云う理由は次の様です。肩線から縦の地の目線が斜めに垂れた生地は垂直方向へ戻ろう、とする性質があります。又地の目線は斜め方向には伸びやすい、と云う性質があり、ドレーピングでは垂直に設定される縦の地の目線によってバスト線は水平に保持される時に最も安定したシルエットになるのです。この性質を生かして体型の局面に沿わせて綺麗なシルエットを作成します。
F その『生地の組み合わせの機微』を学ぶのがドレーピングなのです。それが前述の安定したシルエットの基礎になり、また綺麗なシルエットを現出するパターンの元になります。
此の様にして作成されたトワルの縦の前中心線とバスト線は立体の状態(ダミーに着せられている状態)で垂直・水平になっていますのでこれをダミーから外して平面に展開し、パターンにした状態でも体型基準線として垂直・水平の状態になっている筈です。
G この平面化したトワルの形を平面の紙に写したモノがパターンとなります。ですからパターン上にもトワルの垂直・水平の基準線は写されています。それでパターンを操作する際に縦・横の基準線を基礎にしてパターンを変更したり、デザインを加えたりします。
H ですからダミーに依らずに平面上の紙の上でパターンを描く際には縦・横の地の目線を基準として着用した際に地の目線はどの様に
垂れ下がるか?に配慮して製図しなければならないのです。それは組み上げて着用した際のシルエットを左右するからです。
I 此処で何故生地の地の目線についての見解を述べたのか?と云うと「シルエットの基礎は地の目線である」からなのです。
美しいシルエットを作成する事と体型の大きさや形に適合する事とはパターン作成の目標ですが、その美しいシルエットを支えるのは地の目線なのです。
パターンはデザインによって変化し、地の目線も連れて変化しますがそれが正しく保持されていればシルエットは綺麗に保持されるのです。以上がシルエットの基本である『地の目線』についての知識・経験を得る事がドレーピングを学ぶ意味でなのです。
以上がドレーピングを学ばなければならない理由です。元来が洋裁は『美的な視覚的感性による指先の手作業の造形技術』ですから完成されたシルエットをイメージしながらドレープして造形する技術です。経済的な環境の変化によって産業化され、パターンメークはCADへの時代に入りましたが根底にある本然的な性質は変わりません。それでその根底にある性質はどの様なモノか?を納得して置く必要があります。それがドレーピングを経験する意味なのです。
ヨーロッパでは産業革命が終わり、経済の環境が良くなるにつれ洋服への需要が高まって来ました。すると一々ダミーでトワルを組んでパターンを作成すると云う方法では生産量に限界が生じます。ドレーピングには時間がかかりますし、又技術を教えるのも長い修行期間が必要でパターンの需要に対して供給が追い付かなくなります。また一般家庭でも自家製の衣服作成の需要が増加し、それで1800年代の終わり頃、ダミーを使わずに体型の寸法から各部位の寸法を割り出して組み合わせて原型を描く方法が考案されました。
この方法には大きく見て二つの流れがあります。
(1)イギリスで興ったミッチェル式と呼ばれる方式バスト寸法と背丈寸法からパターンの各部位を割り出して行く方式です。
(2)ドイツで行われているミューラー式と呼ばれる方式で多くの体型の計測を行い、そのデータを分析して体型を身長・バストとの比率として数値的に捉え、体型の構成要素を導き出してパターンを組み立ててゆく方式です。
○ (1) ミッチェル式には多くの亜流が生まれて日本でも〜〜式と云う名で洋裁学校が興り、一般的な普及度が高い。
(2) ミューラー式は体型のバランス分析から生まれた方式で論理的ではあるが一般的ではない。二つの方式の特徴を比較すると次の様になります。
○ (1) ミッチェル式は元々イギリスで洋裁の一般化を図り、家庭洋裁を敷衍する目的もあって案出されたようで非常に常識的な方法でのパターン作成法です。従って「仮縫い補正」を前提とした方式で製品の産業化は意識されてないように思われます。
(2) ミューラー式は上記の方式についての疑問点を明確に理論化する目的で案出された方式で不特定多数のデータの収集、分析、理論的な数値化、を経て組み上げた方式であまり一般的とは云えません。
○ (1) ミッチェル式には何故其の様に製図するか?と云う理論がない、点が共通している。
(2) ミューラー式は西欧の歴史的な美学に基ずいて理論的ではあるが計測、分析、製図の各段階の理論が複雑で家庭洋裁には向かない。
○ (1) ミッチェル式には体型の大小やパターンの変更(グレーデイング)の方式はない
(2) ミューラー式は体型の相違について理論的な説明があり、パターンの変更(グレーデイング)は得意な分野である。
○ (1) ミッチェル式は地の目線についてはパターン上、関心はない。
(2) ミューラー式は地の目線について体型との関わりを重視する。
以上が二つの方式の主な相違点です。然しパターンの構成上で一番の違いは最後に挙げた『地の目線に対する考え方の相違』であると思います。先に述べた様にシルエットを保持するには二つの原型はどの様な相違があるのでしょうか?
○ トルソー原型ではでは地の目線のコントロールが大切と考え、ドレーピングと同様にパターンの地の目線に注意を払います。原型パターンでは肩からヒップ線迄のトワルと同様に、縦の地の目線を通してパターンを作成しますがそれは上下に連なるシルエット全体の優美さを如何に表現するか?を管理する為に重要と考えるからです。
水平に保持されたバスト線から縦の地の目線は体型の周囲を蔽いますがウエストはバスト線より20 cm程括れているので(細くなっているので)ウエスト線を跨いで上下に繋がったダーツをとって肢体の上下の線を表現します。
此のダーツを挟む上下のシルエットは女性の肢体の最も美しさを表現する部位です。この『くびれ』の美しさを左右するのはバスト線とウエスト線のバランスで、このバランスは重心線(体型の袖繰り線の前端を通る体型側面の中心線)を境界に側面から見たシルエットに影響します。これを管理する為にはバスト線からヒップ線までの縦の地の目線が繋がっている事が大切です。
○ 此れに比べてウエスト原型はW線で縦の地の目線は切り離され、下部分はスカート、パンツ等の他のアイテムに任されています。地の目線が繋がってない為に上下のバランスに縛られる事はなく、又肩ダーツをウエスト線に移動してウエストダーツと合体させたり、デザイン上では変化させる度合いは高まり、様々な変化が付けられるのです。従ってドレス・ワンピーッス,又子供服の分野ではよく用いられる原型となります。
○ するとトルソー原型は体型の上下のバランスとシルエットを重視する原型と云う事が出来ましょう。
対するウエスト原型はシルエットよりも体型の大きさに適合する事を重視し、上下を切り離す事によってデザインの自由度を重視する原型と云う事が出来ましょう。
○ ウエスト原型の作成には二つに方法があります。先述の原型作成方法の分類から云いますと
以上の製図順序は論理的に矛盾を孕んでいる。
以上の様に考えると(2)の立体パタン方式ではウエスト原型はどの様に描かれるか?を見て見よう。
○ 此の様に何げなく使用するウエスト原型にも色々な問題があって其れを使って各種のデザイン展開を行なう際にその扱いに疑問が
生じる事もあると考えられる。トルソー原型と従来のウエスト原型の描画方法の相違点は肩ダーツはどのようにして分量を規定するか?と云う事が最大の疑問点である。(1)のミッチェル式の原型ではバスト線の分配で背巾に対する胸巾を決めてそれから肩巾を決める、と云う方法である。
(1)のミッチェル式では背丈とバストサイズから各部位の寸法を割り出して直接ウエスト原型を描く方法ですが
(2)のミューラーの方式では一度とルソー原型を作成し、其れをウエスト線で上下に切り離してウエスト原型とスカート原型とに分ける方法とがあります。
原型の描き方の説明はこの項では避けますがその方法の論理性に付いての説明をします。
○ バスト線の描画と肩線の描画の矛盾
(a) バスト線全体の長さに緩みを加え、経験値による比率で3分する。
(b) 前身 では胸巾から肩線の長さを決めて脇NP点から小肩巾を取って肩線を決める。
(d) 後身では前身から肩線を写し、背巾から後肩巾をを決定する。すると当然後肩巾は背巾により決められるから決められた後肩ダーツを挿入する。
(e) 前の胸巾は当然前巾より狭いのでバスト線を下方、斜めに落とし、曲げる事によって胸巾に合わせる。つまり最初からバストダーツをウエスト線側に移動した状態で前身頃を描く.
(f) バスト線は水平ではないからウエスト線も斜め下方に曲がるのでその状態からヒップ線側に延長したシルエットの
原型(トルソー)には出来ない。
(g) 此の侭ではウエストダーツは無いのでバスト寸法とウエスト寸法の差をウエスト線上で脇にXcm,前のBp直下にY cm,後身の肩甲骨の
著かにZ cm,と配分してダーツ線を描く。
製図上の論理的な矛盾は?
★ 体型は立体であるからバスト線は巾と厚みの方向性とを含んでいる。だが肩線は巾の方向性のみである。
肩線が巾方向への長さに対してバスト線、前巾の一部は厚み方向の線(重心線→Bpの部分)であり、方向性の異なり長さが異なる二つの線を同じ平面上に描く事になる。
★ 其の為バスト線を斜め方向に曲げて水平線から曲げ、胸巾の寸法と合わせて完結している。これは体型が立体である事を無視して肩線とバスト線の寸法を合わせた結果で明らかに論理的に矛盾する。
☆ 体型の立体としての方向性(ベクトル)の混在を無視した製図法の為、バスト線は水平に計測したのにも拘わらず曲線とする為に後の原型等の展開、例えばアイテムとしてのジャケットパターンへの展開には難しい処理が必要となってしまう。
例えばトルソー原型への展開の操作を見てみよう。
(2)すると上方向には肩線からBpへ向けてダーツが開き、下方向では脇線の部分が開いてBpの直下に上方向のダーツと同量の生地が余る。
(3)脇線ではウエスト線が離れ、肩ダーツと同量の生地面が不足してウエスト線は前方向にずれる。
(4)元のウエスト原型の侭、縫い合わせて着用すれば体型の水平なバスト線にパターンのバスト線は水平に添う形になるから(3)の
状態になる筈である。
(5)此の様にバスト線を修正してからウエストのパターンを修正し、初めてウエスト線→ヒップ線へとパターンを延長する事が可能になる。
トルソー原型のバスト・ダーツの決め方
○ 先ずトルソー原型を描いてウエスト・ダーツを配分するとウエスト線で下部分と切り離された上体部分はダーツが開かれたままの状態になる。このダーツの開き口は『ウエストのくびれ』の状態を最も良く表現する箇所で唯寸法的に前後に配分するべきではない。
@ 前身頃は左図の様にウエストダーツがBp直下に開いたたまま、下部分と切り離される。ウエスト原型としては不安定なのでバスト
ダーツを移動してウエスト→Bpへのダーツと合体させます。
するとミッチェル式のウエスト原型と同じような原型の前身となります。
バストダーツの分量の確定方法は原型のキー・ポイント
○それについて(2)のミューラー方式では立体としての体型の性質を利用してバスト線を巾の方向性と厚みの方向性とに区分し、肩巾と
比較させてバスト・ダーツの分量を決める、と云う方式をとる。
これは次の項『バスト・ダーツの秘密』の項で説明させて戴くので参考にされたい。